死に至る道「移民政策」もうここまで進んでいる!

ブラック化解消が先

 また、「労働力」と一言で言うが、人間が海を渡ってくるということは、単にモノやカネの移動とはわけが違う。「入れたらそれで終わり」でもなければ、「都合通りに動く」わけでもない。彼らの生活、結婚、出産も考慮しなければならない。

 だが受け入れ・滞在期間を過ぎても帰らない多数の労働者が出た場合、「時間切れだ」「需要がなくなった」と強制送還することは、恐らく日本政府はそう簡単にはできないだろう。

 不法入国、不法滞在でありながら子供の生活実態が日本にあることを理由に帰国を拒否したカルデロン一家事件の例があるが、一家側を支援する日本人、メディアも多かった。

 また、企業、業界の立場で考えても、技能と経験を身に付けた外国人労働者たちが、ある時期いっせいに帰国した場合、業界はその後の人材確保に再び苦しむことになる。業界側から「もう少しいてもらわないと困る」という要請が出る可能性も前もって考慮すべきだ。

 となれば、入り口は「外国人労働者受け入れ拡大」であったとしても、結果的には「移民政策」に近づいていく可能性を、始まりの段階で最大限注意しなければならない。だが、政府は「とにかく受け入れを拡大すること」に前のめりになっている。

 菅官房長官は五月九日、人口減少についての対応について聞かれ、「いま不足している(労働力の)部分は緊急措置として対応することにしている」「移民となると国内的に様々な問題がある。簡単に移民をすぐ受け入れるという状況にはないと思っている」と発言した。
 この発言には二つの論点がある。

 一つは、「労働力が不足している」という部分。本当に労働力は外国人を連れてこなければ賄えないほど足りないのか。

 特に介護、飲食業界では「業界の総ブラック化」までが指摘される中で、必要な労働力を日本人で賄うための方策をすべてやりつくしたとは言えない。要するに給料が低いのだ。

 政府は盛んにアベノミクスによる賃金上昇を宣伝しているのだから、現在若者が集まらない業界でも、待遇・条件の改善によって人手不足が解消されるまでの時間を待ってもいいのではないか。

まるで現代の奴隷制度

 むしろ、外国人労働者受け入れ拡大によって賃金低下が起これば、アベノミクスの成果が消え失せることは確実だ。なぜ矛盾するような政策を同時に行うのか。

 仮に、産業界の「国際競争力を考えれば、これ以上人件費をあげられない」という要望に沿ったものだとしよう。だが日本人が低賃金という悪条件によって避けている職場でも「外国人ならやるだろう」とか「日本人の嫌がる仕事は外国人を連れて来てやらせればいい」というのでは、現代の奴隷制度になってしまう。

 現在でも外国人実習生制度を悪用し、「安い賃金で『技術』と言えるようなものも身につかず、まるで奴隷のようにこき使うだけ」の現場が告発されている。外国人にしても、海外からはるばるやってきてブラックな建設・介護業界にあたった場合、黙って引き下がるとは限らない。

 すでに愛知県豊田市の自動車工場で働くブラジル人は、労組を結成し、待遇改善を求める運動をし始めている。リーマンショックの際、真っ先に首を切られたブラジル人労働者が立ち上がったのが発端だった。

 今は人数的にも小規模だが、様々な業種で受け入れを拡大するとなれば、労使問題が民族同士の軋轢につながりかねない。

 人手が足りないなら、まずは世界一勤勉なはずの日本人でさえ逃げ出すブラックな職場環境を改善する努力の方が先だろう。政府は「残業代ゼロ」の施策や「派遣社員のランク付け」の前に、正社員増加の施策と労働基準監督の強化をすべきではないか。

 もう一つは「すぐ受け入れるという状況にはない」との発言だ。「では『いつかは』はあるのか」と聞きたくなるが、気になるのは今年に入ってから立て続けに発表された人口減少、過疎に関する政府・各省庁からの報告だ。

五十年間で一千万移民?

〈全国千八百市区町村(政令市の行政区を含む)の半数に当たる八百九十六自治体で、子どもを産む人の大多数を占める「二十~三十九歳の女性人口」が二〇一〇年からの三十年間で五割以上減ることが八日、有識者団体の推計でわかった。

 豊島区は、東京二十三区で唯一、「消滅の可能性」を指摘された。佐藤和彦・区企画課長は「寝耳に水。子育て世代の流入は進みつつあると考えていたのに」と戸惑いを隠せない。〉(毎日新聞デジタル、五月八日)

 一方でこんな「試算」も出てくる。

〈外国からの移民を毎年二十万人受け入れ、出生率も回復すれば百年後も人口は一億人超を保つことができる――。こんな試算を内閣府が(二月)二十四日示した。
 何もしなければ、二一一〇年には四千二百八十六万人に減る。移民が、働き手の減少や社会保障の負担増に直面する日本を救うのか。政府は議論を本格化させる。
 政府の経済財政諮問会議の下で五十年先を見すえた課題を話しあう専門調査会「『選択する未来』委員会」の第三回会合で示された〉(朝日新聞デジタル、二月二十五日)

「町が消える」と強烈に脅し、判断力を失わせたところで「でも移民がくれば安心です」と極論による処方箋を提示する。もはや宗教の勧誘テクニックか、あるいは「惨事便乗型資本主義」(ショック・ドクトリン)と言ってもいいだろう。

 政府は六月九日、六月末に発表される「骨太方針」の骨子案を示し「五十年後も一億人を保つ」と明記した。経済財政諮問会議の下に設置された専門調査会の中間報告を受けてのものだが、この調査会とは、「毎年二十万人、五十年間、一千万人の移民を受け入れれば―」との数値目標を示した「選択する未来」委員会だ。

 この数字には見覚えがある向きもあろう。かつて、「今後五十年間で一千万人の移民」推進を提言したのは自民党「外国人材交流推進議員連盟」(中川秀直会長、中村博彦事務局長)だった。議連は〇八年六月、「移民庁」の設置、永住許可要件の大幅な緩和政策などの他、今後五十年間で一千万人の移民を受け入れる提言を総会でまとめている。

 二〇一三年、後身の組織として自民党「国際人材議員連盟」(小池百合子会長、中村博彦幹事長)が発足しているが、会長の小池議員は「前身の団体の構想を受け継いだわけではない」「国際人材であっても国籍は付与しない」と述べている(SAPIO、一四年六月号)。

 一方で外国人労働者受け入れには賛成で、「農業に日本人は来ない」「仕事とカネを求める外国人労働者と、労働力不足を補える受入国はウィンウィン」とも述べている。

 元より強力に移民政策を推す声が自民党内にあれば、仮に「期間労働者受け入れ」に過ぎない政策でも、それを端緒にいつ「本格的な移民受け入れ」に変化するか分からない。

→ 次ページ「移民が目的化」を読む

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西部邁

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  1. 2014年 12月 22日

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