冷静に安倍政権の2年間を振り返る

安倍晋三総理は何を残したのか。政策ごとに冷静に検証

 消費増税延期、解散総選挙ということになりました。投開票日が12月14日ですから、第2次安倍政権はぴたりと丸2年続いたわけです(前回は2012年12月16日)。民主党の大失政の後を襲ってデフレ不況からの脱却を最優先目標に掲げた安倍政権の2年間を、この時期に振り返ってみることは、多少とも意義のある試みでしょう。
 この記事では安倍政権が実現した政策、まだ実現はしていないもの、これから実現させようとしている政策を、各分野にわたって評価してみたいと思います。

アベノミクスは功を奏したか

 まず経済政策ですが、初期こそアベノミクス効果によって景気浮揚効果が期待されたものの、昨年10月の5%から8%への消費増税決定からおかしくなりました。そもそもデフレ期に増税などすれば、投資や消費が一層冷え込むことは眼に見えています。案の定、4月の実施によりGDPは大きく落ち込み、鉱工業生産指数、実質賃金、個人消費など、景気判断の重要な経済指標が軒並みマイナスとなっています。政府はこれを駆け込み需要による反動減や天候不順のせいなどにしていましたが、とんでもない言い逃れです。もうそういう言い逃れがきかなくなったことは、この17日に発表された7-9月のGDPその他の指標で明らかですね。安倍政権は、大きな失政を演じたことになります。

 消費増税法案は野田政権時代に「社会保障と税の一体改革」という名目で三党連立合意のかたちで成立しました。将来の社会保障費増大に備えてというわけですが、これは増税をすれば税収増が見込めるという根拠のない前提に立っての話です。じつは増税によって消費が冷え込み、供給過剰が続いて生産量が減り(つまりデフレ)、投資が手控えられれば、実質賃金も上がらず、GDPも落ち込みますから、税収減になってしまうことは理の当然なのです。そうして結果はその通りになりつつあります。

 既成事実に慣れてしまって、そもそもなぜ消費増税をする必要があるのかという根本の理由を問う人があまりいなくなっていますが、じつに嘆かわしい事態です。これを問われると財務省やその代弁者を買って出ているマスコミは、決まって政府の借金が1千兆円でGDPの2倍もあるから、財政破綻をきたさないために健全化させなくてはならないのだと、耳にタコができるくらい脅しをかけてきました。

 しかし、第一におよそ財政状態を測るのに、プラスの資産を無視して借金だけ計算する人がいるでしょうか。日本は対外純資産250兆円超という世界一の債権国であり、政府の売却可能な資産は300兆円超といわれています。

 第二に、政府の借金、つまり国債は90数%日本国民が保有しています。政府の債務は同時に国民の債権なのです。債権者に向かって借金がこんなにあるからもっと金を出してくれなどと要求する債務者がどこの世界にいるでしょうか。財務省はこの点ではやくざと同じです。

 第三に、国債はすべて円建てであり、為替変動の影響を受けませんから、円高や円安によってその価値が変動するということがありません。また仮に国民が国債を売ったからといってその金を外国商品に運用することはできませんから、結局国債を買うしかなく、一部のエコノミストが脅しをかけているように、金利暴騰(国債の暴落)などということは起こりえないのです。

 第四に、日銀の2回にわたる大胆な金融緩和(黒田バズーカ)は、国債の大幅な買い取りを主な手段としていますから、これによって政府の借金は現に減ってきています。この点からも例の脅しは意味がなくなりつつあるのです。

 さてこの黒田バズーカは、アベノミクスの第一の矢でした。これは円安と株価上昇を引き起こしたので、一見景気回復に大きく貢献したかのような印象をもたらしました。円安はいっとき自動車など輸出関連企業の息を吹き返したことは確かですが、実質的な売れ行きはさほど伸びていません。また、輸入価格が上昇したことで、自給率の低い食品産業やエネルギー産業は大きな痛手をこうむっています。ことに電力業界では震災による全原発の停止が加わったため、通算12兆円に昇る国富流出を引き起こしています。

 また株価の上昇によって利益を得るのは一部の富裕層や金融機関などの機関投資家であり、しかも6割が外国人投資家です。結局この現象は、日本の平均的な勤労者階層の所得増には少しもつながっていません。

アベノミクスの問題点、それは“第三の矢”成長戦略
 もともとアベノミクスは、GDPを成長させることを目指していました。それは第一の矢(大胆な金融緩和)と第二の矢(機動的な財政出動)とがパッケージとして連動して初めてその効果を発揮するはずだったのです(なお第三の矢はグローバリズムの一環としての構造改革・規制緩和路線であり、これは価格競争、賃金競争を引き起こすので、何の国益にも結びつきません)。ところが、この連動をさまたげているのが財務省はじめ政府やマスコミに長年巣食ってきた公共事業アレルギーとインフレ恐怖症です。そのため、財政出動に必要な大型予算は組まれず、建設国債も発行されません。結果、金融市場にお金がジャブジャブあるものの、それが国内の実体経済にほとんど回らず、企業の内部留保や対外投資に流れる始末です。

 私はタクシーをよく利用します。そのたびに運転手さんに「景気はどうですか」と尋ねるのですが、「よくなっている」という答えが返ってきたためしはついぞ一度もありません。ある威勢のいい女性運転手さんは、「アベノミクスなんてデッタラメよお!」と息巻いていました。

 そういうわけで、第二次安倍政権の経済政策は、見事な失敗であると総括できます

 さて安倍総理は2回目の消費増税延期を決断したわけですが、この決断はしないよりはしたほうがいいでしょう。しかし本当は、消費税増税政策が根本的に間違っていたことを、まずは率直に認めてただちに凍結たうえで、大胆な財政出動、すなわち「ニュー・ニューディール政策」を打つべきなのです。自らそれをやるべきなのに、アメリカのルー財務長官や経済学者のクルーグマン教授にそれを指摘されるのは、何とも情けない話ではないでしょうか。

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西部邁

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コメント

    • 所信行
    • 2015年 1月 21日

    安部政権の第三の矢失敗には大賛成です。是非危うい日本の将来の為、舌鋒厳しく今後もご活躍されん事を期待しております。私は三橋貴明のメルマガにも投稿致しましたが、貴君の原子力エネルギー政策論には若干の異論があります。現場の軽水炉技術は本質安全を担保していないので、現場の陸上設置型軽水炉はなるたけ早く代替することが必要と思います。また電力自由化の本質は安定供給義務と総括原価主義をセットにした日本の電力市場の制度疲労と考えております。従って総括原価主義に代わる代替案を示さない限り、岩盤規制改革の安部政権目玉商品として東京電力弱体化の現在強引に発送電分離は強行され、ハゲタカファンドの餌食となること必定と考えております。

  1. 所信行さま

    専門的なご指摘ありがとうございます。

    ですが、文面を読ませていただいた限りでは、私への異論とおっしゃっている部分がどこにあるのか、判然としません。

    おそらく貴兄のおっしゃる通り、軽水炉技術の難点は現時点で否めないのでしょう。しかし私は、現在の原発技術が完璧だと論じた覚えはありませんし、欠陥がある場合にはより高度な技術によって改良を重ねて克服していくべきで、その可能性を絶やさないためにも、原発を見限ってはいけないという考えを持っております。また実際、より安全な次世代原子炉を実用段階まで進める技術革新は着々と進みつつあると聞いています。

    次に私は、メガソーラー開発や固定価格買取制度や発送電分離や電力自由化が、安定供給を脅かし電力料金の高騰を招く危険があることを再三論じています。そこでここでは、「電力自由化の本質」という貴兄の言葉を「自由化の意義・理由」という意味に受け取ってお答えします。現行の安定供給と総括原価方式のセットが制度疲労を起こしているというご指摘ですが、どういう意味で制度疲労を起こしているのかを説明していただければ幸いです。それがだれの目にも明らかでない限り、代替案を示す必要はないと思います(現状でまずくないのですから)。

    安定供給が(安全確認がなされた原発を再稼働しさえすれば)現行の方式で脅かされているとは思えませんし、また、総括原価方式には、東電などの地域独占による情報の非対称性といったデメリットはあるものの、逆に、事業者が安定的な利益を期待できるので、中長期的な経営計画を立てやすく、また消費者も過大な料金の負担を負うことがないなどのメリットがあり、これらは公共性の高いサービスにとっては、不可欠の条件と思われます。さらに、企業経営者にとっても長期的な設備投資へのインセンティブが働くので、デフレ脱却にも有効な方式と考えられます。自由化論者の主張するような、この方式では経営効率が悪いという論理は、私企業の理屈をそのまま公共サービスに当てはめた論理で、高度な公共性が要求される電気事業に適用すべきではありません。この論理が、まさしく竹中一派に代表される「構造改革・規制緩和」路線から出ていることにお気づきでしょうか。

    「アベノミクス第三の矢の失敗」説に賛同してくださり、しかも発送電分離やハゲタカファンドの危険性をよく理解してくださっている貴兄が、同時にややもすれば自由化論の防衛とも取れる論理を展開なさっていることにいぶかしさをおぼえます。これらの危険性に対しては、「代替案を出せ」という要求に屈するのではなく、あくまで現行の方式のほうがはるかにマシなのだという論理で対抗すべきなのではないかと愚考いたします。

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  1. 2015-9-7

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