TPP交渉:危険!「もうひとつの透明性」に要注意

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 TPP協定交渉の大きな問題はその秘密性にありますが、その改善を求めるために「透明性」を要求することはとても大切な活動の一つです。つまり、交渉の内容を公開してくださいという要求です。ところが、交渉官たちにとって「透明性」と言えば、別の意味を指すことはあまり知られていないのではないでしょうか。
 食の安全や、医療に関する知的財産権など、国民の関心の高い項目に限って、この「透明性」を巡って何やら怪しい動きが見られますのでご紹介します。

交渉官にとっての透明性

 昨年、ブルネイのTPPステークホルダー会合に参加した際、金融・サービスを担当しているアメリカの交渉官と話す機会がありました。その際、日本はTPP協定が発効したら、食糧自給率が下がることは目に見えており、干ばつなどの自然災害や、その他の要因で食糧の価格が、投機的要因で暴騰することを恐れていることを伝えました。そして少しでもその影響を緩和するために、人々の生活に関わる穀物やエネルギーなどの国際取引で、誰がどのように値段を釣り上げているのかを明らかにする仕組みを導入してほしいと「transparency(透明性)」という言葉を使ってお願いしてみました。
 最初、伝わっていないかも、と思ったのですが、隣にいたニュージーランドのケルシー教授が「Different type of transparency(もう一つの透明性)」と一言おっしゃって下さり、先方もああ、なるほど、と理解していただけました。
 このように貿易協定の交渉官たちにとっての「透明性」は、協定条文に含まれる「透明性」の条文を指します。つまり交渉参加国がお互いの国の協定に関わる法律や制度について、分かりにくいところがないようにすること、と言えば聞こえがいいのですが、要はモノやサービスを輸出したい国にとって、邪魔になるような相手国のルールを作らせないようにするということです。

米韓FTAの例

 TPPのお手本にしてほしいと米国から言われていた米韓FTAでは、「医薬品・医療機器等に関する委員会を設置することについて規定[※注1]されました。これにより、米国の役人が韓国の医薬品の価格や承認に関わる制度について話し合い、それが強制力をもって制度に反映される仕組みができました。
 その国の医療保険制度の基本的な問題、薬価や診療報酬、そして診療技術基準を決める委員会に、他国の官僚が入り、しかも共同議長になれる仕組みを作ることは、内政干渉に他なりませんしかも、米国の役人と言えば「回転ドア」と揶揄されるように、企業の取締役とロビイスト、そして役人を行ったり来たりしている方々ですから、この仕組みは米国の製薬会社の利益を代表する方々が、韓国の医薬品の価格や承認に関わる制度に口出しできる制度を、自由貿易協定を使って作ってしまったということになるのです。
 

我が国の姿勢

 平成23年10月発表の「TPP協定交渉の分野別状況」「TPP協定において我が国にとり慎重な検討を要する可能性がある主な点」にも、医薬品の価格や認証に関して

TBT(貿易の技術的障害)
透明性に関する規定
規格策定段階において相手国関係者の参加を認め,自国民と同じ条件での関与を認める旨の規定が設けられる場合,我が国はこうした運用を行っていないため,我が国の手続の変更等の手当が必要となる。

と、外国人が我が国の規制などに介入してくる可能性を認めています。[※注2]「慎重な検討を要する」とありますので、当然反対してくれるものと考えていましたが、読み返してみると、慎重に検討して必要に応じた制度の変更をすると言っているようにも取れます。
 今年の7月にオタワで首席交渉官会合が行われましたが、その際6日の政府広報担当による記者ブリーフィングの冒頭発言[※注3]では、食の安全に関するSPS(植物衛生検疫)に関して、

SPS の課題に対処するために紛争処理より緩やかなお互いに協力するような対話の仕組みを導入できないかという点であり、この対話の仕組みが TPP に盛り込まれれば WTO プラスとなる。

とあり、何らかの新しい仕組みを取り入れようとしていることが分かります。WTOには参加国が定期的に集まって、SPSに関連する内容を話し合うためのSPS委員会[※注4]があります。ですから、単にTPPでも皆で集まって話し合いましょう、ということにはならないでしょう。
 米韓FTAの例から推察すると、TPPのSPSがWTOプラスになることで、産業競争力会議や規制改革会議などのようなものに、外国企業の利益を代表する外国人メンバーが加わって、日本の食の安全について議論し、その結果が強制力を持ってしまう可能性があるという、恐ろしい状況が発生する可能性があるということです。
 同じブリーフィングで、

既存の SPS 協定があるので基本的にその枠組みを踏襲するとして議論が進んでおり、TPP が発効することにより、我が国の食の安全への対応を急に変える必要があるようにはなっていない。

とあり、「急には変えなくても時間をかけて変えなければならない事態になる可能性がある」と発言しているのです。日本語を、日本語に翻訳しなければならない事態が発生しています。 
 SPS協定は、その最終目標が各国の基準をコーデックスやOIE(国際獣疫事務局)等の国際基準に合わせていくことであり、あくまでも科学的根拠がなければ規制してはいけないというのが基本です。具体的に例を挙げれば、遺伝子組み換え作物も、畜産で使用される成長ホルモン剤も、科学的に危険ということが証明されなければ規制することはできません。国際的な貿易協定の世界では、遺伝子組み換え作物も、成長ホルモン剤も安全とされているからです。言うまでもないことですが、科学的に危険ではないということと、安全であるということは同義ではありません
 この件について説明会などで私の懸念を伝え、「国内の規制作成に外国人が関与するようなことにはならないですよね」と質問をすると、政府側は「反対派はいつもこういう話題になると日本が攻撃されていると考えるが、むしろ日本は攻める側だ」と返してきます。つまり、国内の規制などを決める会議等に外国人が参加する仕組みを作ることに反対してくれるものと思いきや、逆に推進していることが伺われるのです。

→ 次ページ「TPPは日本がアメリカに攻められるという単純な話ではない」を読む

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西部邁

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