今更聞けないTPP ―協定の内容を知る人たちの正体

今更聞けないTPP

 TPP問題に関しては知れば知るほど驚くことが多いのですが、中でも一番驚いたのは、国民の生活に深く関わるルール作りをする貿易協定について、TPPを推進する米国企業の代表はいつでも自由に交渉内容を知ることができ、交渉内容に口を出すことができるにも関わらず、米国を含む参加国の議員が交渉内容を知ることができない、ということでした。

 USTRの使命は通商交渉を通して米国の法律を世界に輸出することですから、強硬に要求を押し付けてきます。しかしいくらジャイアンルールを押し付けてくるアメリカでも、合意し、批准してしまった国際協定で発生する義務には従わなければなりません。もちろん交渉の内容によっては法律や規制に影響を与えてしまいます。交渉の方向性を、国民から選挙で選ばれ、本来憲法で通商交渉権限を保証された連邦議員ではなく、企業のトップが勝手に決めてしまって問題にならないのか、と疑問に思われる方も多いのではないでしょうか。

企業のトップだけが知っている、その法的根拠

 実はこの方々が交渉の内容を知ることができることにはちゃんとした法的根拠があるのです。それは1974年通商法です。日本でもようやくTPA抜きではTPPを語ることはできないという認識ができてきましたが、そのTPAと同時に1974年通商法に組み込まれた貿易諮問委員会制度のメンバーが、米国が提案する協定文案に対して自由にアクセスすることができるのです。この貿易諮問委員会はUSTRの下部組織として存在しています。

 具体的には大統領通商政策・交渉諮問委員会(ACTPN)、農業政策諮問委員会(APAC)、農業専門諮問委員会(ATAC)、産業貿易諮問委員会(ITAC)、政府間政策諮問委員会(IGPAC)、労働諮問委員会(LAC)、アフリカ通商諮問委員会(TACA)、貿易・環境政策諮問委員会(TEPAC)が、本来合衆国憲法により議会に権限がある通商交渉権を、TPAを通して一時的に大統領府に委任する際、政府の貿易政策や貿易交渉にアメリカ国民の利益を反映させるために制定された組織です。[注1]連邦議員の推薦などによって選ばれた諮問委員は大統領のお目付け役として存在しているというわけです。

 中でも産業貿易諮問委員会(ITAC)の存在は大きく、USTRと米国商務省が協同で16の諮問委員会と各委員会の委員長会を運営しており、委員の数は300名を超します。その委員一覧を見ると多国籍企業や業界団体のトップがずらりと並んでいます。

 例えば科学、医薬品、健康化学製品およびサービスを取り扱うITAC3には「クロップライフアメリカ」という、モンサント社やデュポン社、バイエル社といった名だたる遺伝子組み換え作物開発会社や、農薬会社が参加している業界団体の上級顧問の名前が見えます。この団体はステークホルダー会合にも参加し、TPP協定により彼らにどのような利益があるかを訴えています。他にも、米自動車大手3社(ビッグスリー)で構成する米自動車政策会議(AAPC)の副議長、イーライ・リリーの副社長、FedExの主任弁護士等、TPPが誰の利益のために交渉されているのかを考える良い手がかりになると思います。

 制定当時はまさか連邦議員に条文を見せずに通商交渉を行うなどと思いもしなかったのでしょう、TPA法に連邦議員が自由に交渉文書にアクセスできるという文章が入っていないために、貿易推進の多国籍企業が交渉の内容に関与することができるのに、議会はごく一部の人間を除いて交渉文書を見ることすらできない、という状況が生まれてしまったのです。

TPP協定の内容は米国のロビイストに聞け

 米国は企業のトップが大統領の諮問委員として米国の提案文書を書く勢いですから、マスメディアなどはTPP協定の内容に関して、USTRに直接取材するのではなく、ロビイストや業界団体に取材をして情報を得るそうです。米国はそもそも自国の法律を変えるような協定を結ぶことはできませんので、自国の法律にロビイストの要望を足したようなものが出てくるという話です。その米国の協定文案を元に各国が交渉するわけですから、米国の大企業のトップは交渉内容をほぼ知っているということが言えるのです。

 ですから、日本政府からの情報はどちらかというと確認作業として捉え、米国議会やUSTRの発表、業界紙、米国の業界団体のウェブサイト等が筆者にとっても主な情報源となっています。

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西部邁

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