根拠に乏しいインフレターゲット論 - 失われた20年の正体(その13)

こんにちは、島倉原です。
今回は、インフレターゲット論について触れてみたいと思います。
これは、いくら金融緩和しても不況やデフレを脱却できないのであれば、中央銀行がインフレを「目標」として明確に掲げ、その達成への強い取り組み姿勢を示そう、という政策論です。
これによって民間部門のインフレ期待に働きかければ、期待が現実のものとなり、デフレ、ひいては不況から脱却できる、という訳です。
なお、金融政策実務上の「インフレターゲット政策」自体は、もともとはインフレ率が高くなり過ぎないようにコントロールするために始まったもの(現在もそれが主流)ですが、本稿における議論の対象は、上述の「デフレからの脱却」を目的とした政策論に絞りたいと思います。

インフレターゲット論のきっかけになったクルーグマン論文

インフレターゲット論に最初に理論的な基礎付けを与えたとされているのは、アメリカの経済学者ポール・クルーグマンの論文 “It’s Baaack! Japan’s Slump and the Return of the Liquidity Trap”(1998年)です。
その詳しい内容については、山形浩生氏による翻訳版や吉川洋「デフレーション」中の解説などを参照いただきたいのですが(特に後者では、数理的な部分も含めた比較的わかりやすい解説がなされています)、要約すると、

いくら金融緩和をしても実質金利が下がらない、いわゆる「流動性の罠」に陥った状況であっても、中央銀行が「将来において、インフレを引き起こすのに十分なだけの金融緩和をする」ことを人々に信じさせて「期待インフレ」を生み出せば、実質生産水準も上昇し、不況から脱却することができる。

という理論です。
クルーグマンは上記論文中で、期待インフレを生み出す条件について「中央銀行が『無責任になる』という約束を(民間部門から)信用してもらえるなら(if the central bank can credibly promise to be irresponsible)」と表現しています。つまり、インフレの抑制を通常のミッションとする中央銀行が、ある程度の将来までは高いインフレ率を許容する(いわば、中央銀行の職責を放棄する)程に強い姿勢を打ち出せば、経済に大きな影響を与えることができるだろう、という訳です。
ちなみに、彼は自身のブログ記事(2010年11月4日)において、それが上手くいった前例として、大恐慌時の米国における金本位制脱却(1933年)を挙げています。そこでは、金本位制脱却が「当時の人々に、インフレ促進、少なくともアンチデフレというレジームに転じたことを確信させた」とコメントされています。

他方で日本では、現日銀副総裁である岩田規久男氏が「日本銀行デフレの番人」や「リフレが日本経済を復活させる」などで、いくつかの局面での「マネタリーベース残高と期待インフレ率との高い相関関係」を実証的な根拠として、「デフレ脱却できないのは金融緩和姿勢が不十分な日銀の責任」という議論を展開してきたのは、本連載でも既にご紹介したとおりです。

インフレターゲット論は理論的にも実証的にも破たんしている

インフレターゲット論の根拠となっているのは、「人々の期待」という非常にあいまいな概念です。金融緩和自体がデフレ脱却を目的とした政策である以上、「デフレ脱却への強い取り組み姿勢という『質的な差異』を伴った金融緩和」と、そうでない金融緩和とを客観的に区別するのは困難でしょう。
加えて、中央銀行による直接の供給対象である「マネタリーベース」が、物価を左右する実体経済における「マネー」とは別物である以上、「取り組み姿勢」だけでどこまで期待に働きかけられるかも、定かではありません(金利の低下を通じての働きかけだけであれば、極めて短期的な違いはともかく、通常の金融緩和と有意な差異は生じないでしょう)。
また、クルーグマンが挙げた「将来において無責任な行動をとることを信用してもらう」という条件自体、かなり無理やり作り上げた、不自然あるいは非現実的な前提であることは免れないでしょう。
そもそも、「単なる金融緩和で問題が解決しない⇒金融緩和のレベルが不十分」というのは極めて短絡的な発想であり、

「金融政策以外の点で阻害要因が存在するからこそ、いくら金融緩和しても問題が解決しないのではないか?」

という可能性も当然検討すべきです。そして、大恐慌当時の米国や昭和恐慌当時の日本について、現代の日本との比較も交えながら考証した結果としては、「不況脱却のカギとなったのは財政支出拡大である(昭和恐慌当時の日本の場合は、財政支出拡大に実効性を伴わせるのに必要な限りで、金本位制停止に立脚した金融緩和にも意味があったものの、それは現代の日本にはあてはまらない)」という結論が妥当であることは、「日米のバブル崩壊後を比較する」や「昭和恐慌を曲解するリフレ論者」で述べた通りです。
このことは、「財政支出拡大こそが、クルーグマンが言うところの『レジームの転換』と称するにふさわしい政策である」と言い換えることもできるでしょう。

実はクルーグマン自身、上記のブログ記事において、「インフレターゲット政策で(大恐慌当時と)同じようなことをするのは難しい」と認めています。
さらに、2011年3月18日のブログ記事に至っては、リーマンショック後の米国の実例を引きながら「インフレに反発する世論がある以上、中央銀行が将来において無責任な行動をとると約束し、さらにはその約束が守られると信用させるのは、現実問題として難しい」と述べた上で、「財政政策ならそのような説得が無くとも確実に効果を発揮する。リーマンショック後の財政出動に自分が賛成したのは、インフレターゲット論に関する金融政策のモデルが現実に機能するとは信じられなかったからで、今もその見解は変わっていない」とまで述べています(その背景には「2000年代前半の日本の量的緩和政策には効果が無かった」という彼の認識があることが、2010年5月25日のブログ記事から伺えます)。
ちなみに、「バランスシート不況説の問題点」で紹介した彼の共著論文は、不況下での財政出動の効果を説明したものです(私自身はその論理構成には首肯できませんが)。

→ 次ページ:「アベノミクスの危うい行方」を読む

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西部邁

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コメント

    • smd
    • 2014年 3月 23日

    まず、2013年の公的需要の数字はあてになりません。大幅に下方修正がおきた2012年とまったく同じ問題が2013年も続いて(むしろ悪化して)います。
    http://anond.hatelabo.jp/20131211155004
    実際、土建の従業員は2013年には減っていて経済を押し上げる効果があったようには見えません。

    次に、インフレターゲットは別にクルーグマンのモデルのように無責任に振る舞うことを信じてもらうことが必須というわけではありません。あれはあくまで発端になるモデルでのアイデアであり、言わば十分条件であって、その後の精緻化の中で本当にキーとなるのは何かということが明らかにされてきました。そこで大切だとわかってきたのは、クルーグマンの当初のモデルのように中銀が本当は嫌うほどの高いインフレを目指すということではなく、本当に望ましいと考える水準でいいのでその水準をはっきり示すことと、その水準が達成されると予想されるまでは引き締めを行わないという行動方針の明確化(これは無責任なインフレではなく実際に中銀が望ましいと考えている水準なので信用されやすい)、このことによっていつ引き締めに転じられるかを恐がって設備投資を控えるということを無くさせるということです。
    これがうまくいっていることはインフレの予想値が上がっていることで確認できます。

    上に挙げられた根拠に乏しいインフレターゲット論というものが、信頼性に劣るデータに基づいていたり、インフレターゲット論を正しく理解されていなかったりと、根拠に乏しいものとなっています。

    • コメントありがとうございます。
      いくら金融緩和しても改善しない日本経済を説明するために無理矢理作ったようなインフレターゲット論に固執し、いくら精緻化してみたところで現実との乖離は埋まらないような気がするのですが…。
      たまたまですが、ご指摘のインフレ予想値なるものが、消費税増税でかさ上げされたものに過ぎず、実体的には既にデフレ脱却期待がはげ落ちていると考えるべきではないか、という趣旨の論稿を近々発表する予定です。そちらもご確認ください。

    • smd
    • 2014年 3月 23日

    とりわけ日本の中央銀行である日銀のようにインフレを毛嫌いし、僅かなインフレの発生も嫌うと思われ、その結果BEIなどの期待インフレに関する指標が非常に低かった状態から、普通のマイルドなインフレの水準にまで引き上げることの影響は多大でしょう。それは売上高の期待値を拡大させるので(賃金が粘着的な労働者の)雇用を増やし、また消費を増やすことになります。

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