乗数効果とは何だろうか(初心者向け) 失われた20年の正体(その14)

池上彰氏は乗数効果を誤解している?

上記のような所得増加のメカニズムの存在は、不況脱却、あるいは経済成長達成の手段として、財政支出の拡大を正当化するものです。これに対して、「1990年代以降乗数効果は低下している(それ以前よりも乗数が小さくなっている)」「乗数効果などそもそも無効である」といった議論が存在し、財政支出拡大の足かせになっているのですが、その当否については次回以降論じたいと思います。
今回は、乗数効果がそもそも誤解されている事例として、わかりやすいニュース解説で有名な池上彰氏の著作「池上彰のやさしい経済学 1 しくみがわかる」における乗数効果の説明を、下記の通り紹介したいと思います(原典そのままではなく、多少簡略化してあります)。

【池上彰氏による乗数効果の説明図】

201403314
緑で示した金額の合計である200億円が、政府が発注した公共事業による乗数効果であり、事業額100億円でそれを割った数字が乗数(2倍)である、というのが池上氏の説明ですが、これは明らかに誤っています。
まず、ゼネコンから下請け建設会社に支払われた60億円と、下請け建設会社から部品メーカーその他に支払われた30億円は、乗数効果に算入されるべきではありません。これらはあくまで、政府支出100億円によって生み出された所得を関係者の間で分配したものに過ぎず、前節で説明に用いたαX円やα2X円のような、波及的に生じた新たな支出とは異なるものです。
次に、波及的な効果が「部品メーカー等の社員による消費」に限られている点も誤りです。ゼネコンや下請け建設会社の社員による消費も当然ありますし、それによって所得を得た小売店関係者(さらにはその先の取引関係者)による支出も含めて考えるべきなのは、前節で説明した通りです。
池上氏による上記の説明は、同書における財政政策に対する(金融政策と比べた)説明量の少なさとも相まって、乗数効果の恩恵を得ているのがほとんどゼネコン関係者に限られているかのような、誤った印象を与えかねないものです。同書はそれなりに良く売れたという評判ですし、出版元が日本経済新聞出版社である点も、公共事業を悪者扱いするマスコミの論調とだぶって見えてしまいます。
財政政策主導による経済再建を実現するには、こうしたところからも生じているであろう誤解を解いていく必要もあるのかもしれません。そうした問題意識もあり、今回敢えて取り上げてみた次第です。

(参考文献)
ジョン・メイナード・ケインズ「雇用、利子、お金の一般理論」(山形浩生訳、講談社、2012年)

→ 次の記事を読む: 乗数効果を否定する小野善康氏 ー 失われた20年の正体(その15)

固定ページ:
1

2

西部邁

島倉原

島倉原評論家

投稿者プロフィール

東京大学法学部卒業。会社勤めのかたわら、景気循環学会や「日本経済復活の会」に所属。ブログ「経済とは経世済民なり」やメルマガ「三橋貴明の『新』日本経済新聞」執筆のほか、インターネット動画「チャンネルAjer」に出演し、日本の「失われた20年」の原因が緊縮財政にあることを、経済理論および統計データに基づき解説している。

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 2014-10-20

    主流派経済学と「不都合な現実」

     現実にあるものを無いと言ったり、黒を白と言い張る人は世間から疎まれる存在です。しかし、その人に権力…

おすすめ記事

  1. 第一章 桜の章  桜の花びらが、静かに舞っている。  桜の美しさは、彼女に、とて…
  2. 「日本死ね」騒動に対して、言いたいことは色々あるのですが、まぁこれだけは言わなきゃならないだろうとい…
  3. 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」がアカデミー賞最多の6部門賞を受賞した。 心から祝福したい。…
  4. ※この記事は月刊WiLL 2015年1月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 新しい「ネ…
  5. 酒鬼薔薇世代
    過日、浅草浅間神社会議室に於いてASREAD執筆者の30代前半の方を集め、座談会の席を設けました。今…
WordPressテーマ「AMORE (tcd028)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

ButtonMarche

TCDテーマ一覧

イケてるシゴト!?

ページ上部へ戻る