ポスト真実がリベラルを追い詰める

リベラルはトランプに負けたのか

 年が明けると「トランプ大統領」が誕生します。それを「リベラルの敗北」と呼ぶ識者がいます。それではリベラルはトランプの何に負けたのでしょうか。『第15回「トランプ大統領を生みだしたポリティカル・コレクトネス」』で指摘したように「ポリティカル・コレクトネス」は間違いなく敗因のひとつです。しかし、それだけでは世界的なリベラルの退潮を説明できません。フランスにおける極右政党の台頭や、英国のEU離脱も同様にカウントでき、日本でもリベラルを自認する人々が「右傾化している」と、つまりは自陣営の退潮を嘆いています。

 リベラル陣営の世界的敗北理由を、オックスフォード辞書の主催団体が、ネットで多く確認された言葉の中から、2016年を代表するとした「今年の言葉」に見つけます。それは「ポスト真実」です。

狂犬の真実

 ヒラリー優位という「ポスト真実」を報じたのは日本の報道機関も同じです。なぜなら、米国の主要メディアの殆どがリベラル陣営に属し、それを自動翻訳同然に配信するのが日本のマスコミだからです。なにより日本の主要新聞社も、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞などに代表されるリベラル陣営が幅を効かせているので、チェック機能が働くはずもありません。そしてヒラリーが負けた今でも、トランプ政権の足を引っ張ろうと「ポスト真実」を拡散しています。

 新政権での国防長官に、退役海兵隊大将のジェームズ・マティス元中央軍司令官が指名されると、日本のマスコミは『狂犬(mad dog)』とのあだ名付きで紹介していました。どんな「ヤバイ」人物かと身構えてしまいますが、フリージャーナリストの森田浩之氏は「狂犬」を誤訳として《「荒くれ者」あたりが正解だろう》と『Newsweek 日本版』で解説します。さらに学究肌で生涯独身を貫き「闘う修道士」の異名もあり、反トランプ色鮮明なニューヨークタイムズでも、マティス元司令官の理性に期待していると伝えます。つまり「狂犬」との見出しはすぐばれる嘘・・・「ポスト真実」だということです。

相対的富裕層の日本死ね

国内に目を向けると、より「ポスト真実」が見えてきます。日本における「今年の言葉」とも言える、「ユーキャン新語・流行語大賞」では、ベストテンに選ばれた「保育園落ちた日本死ね」を巡り、ネットは「大炎上」していました。実はこの「日本死ね」も「ポスト真実」。

 保育園に落ちた子育て中のママによる匿名ブログ。という設定になっており、この設定を信じたとしても、保育園を申し込む際には育児環境を問われるチェックシートがあり、「シングルマザーである」「フルタイムで働けない」といった設問毎に点数が割り当てられ、この点数が高いほど、つまりは「不幸指数」が高い世帯から順に入園できる仕組みになっています。保育園に落ちた匿名ブロガーは、居住地において相対的に幸福なポジションにいるのです。また、大半の保育園は各自治体が主導しており、政権批判はそもそも論で筋が違います。居住地の選択を含めた個人的事情を、社会問題として掲げ、しかも国家を呪うとは、感情論を下敷きとした言いがかりレベルの「ポスト真実」なのです。

言葉の意味を理解できない

 この「ポスト真実」を擁護するのもまた、リベラル陣営です。TBS『白熱ライブ ビビット!』には、御尊父が旧社会党重要議員の秘書だったと自著で告白する、リベラル派の津田大介氏が登場し、77%が受賞に反対していたとする番組独自の世論調査を踏まえた上で、それでも「日本死ね」の流行語大賞受賞を賛成します。津田氏は反対意見に対して「子育て中のママにアンケートを採れば違う反応かもしれない。また、ブログを読んだ人がどれだけいるのか(発言要旨)」と反撃を試みます。

 「日本死ね」が流行語として相応しいという願望からの「ポスト真実」です。ブログの閲覧が求められるのは「ブログ大賞」であって「流行語」ではありません。読解力を問う国語のテストなら、間違いなく不正解とされる独自の解釈を披瀝するのは、自説と異なる結論を突きつけられたときに見られるリベラル派の特徴です。また、津田氏が閲覧を呼びかけるブログの原文には「クソ」「ボケ」が並び、児童手当として20万円を要求しています。実際に子育て中のママに原文を見せた反応は「うわ、ひく。モンスターペアレント(理不尽な保護者・父母)じゃん」だって。

徴兵制という蒙昧

昨年、国会内での乱闘騒動を巻き起こした「安保法制」を、民進党(当時は民主党)を筆頭としたリベラル陣営は「戦争法」と呼び替え、可決されれば徴兵制が始まるとヒステリックに騒ぎました。可決から一年が過ぎ、いまだ戦争は始まっていません。徴兵制もまだのようです。つまりは「ポスト真実」です。

 そもそも徴兵制など、少しでも「現実」を知っていれば噴飯物です。なぜなら、最近の兵器はみな「ハイテク」で、専門知識と一定以上の訓練を擁します。無理矢理集めた徴兵制の兵士に、高度な知識を詰め込み、血肉に溶けるレベルの訓練を強いるのは現実的でないことは、ちょっと「ググる」だけでわかるこちらは「真実」です。この話しを先の子育て中のママにしたところ「なるほど」と大きく頷き、子供を戦争に送らずにすむと安堵していました。

リベラルな安倍首相

 一事が万事、この調子。観念が現実を上書きするのか、希望と理想で事実から目を逸らすのか、主張を押し通すためにその場限りで言葉を繕うのかわかりませんが、だから矛盾は日常茶飯事です。

 リベラル派が蛇蝎の如く嫌う安倍首相。しかし、世界基準で見ればTPPを推進する安倍首相はリベラル派。語弊を怖れずにざっくりと分けるなら、従来のやり方を守ろうとする勢力が保守派で、改革を推し進めるのがリベラルとなります。だから、TPPという新ルールの参加や、憲法改正、安保体制の見直しといった「改革」を目指し実行する安倍首相はリベラルで、TPPに反対し、憲法だって一字一句も変えてはならないと主張するリベラルは「保守」になるという矛盾。安倍首相に貼られたレッテルもまた「ポスト真実」だということです。

 少し「ググる」なり、知り合いに声をかけるなりすれば、バレる「ポスト真実」を拡散し続けてきたリベラル派にそのツケが廻ってきている。それがトランプ大統領を生む一因となり、リベラル勢力が退潮している、すなわち世間から相手にされなくなってきている理由です。

西部邁

宮脇 睦

宮脇 睦

投稿者プロフィール

一九七〇年生まれ。プログラマーを振り出しにいくつかの職を経た後、有限会社アズモードを設立。著書に『楽天市場がなくなる日』『Web2.0が殺すもの』(洋泉社ペーパーバックス)、の他、電子書籍で『完全ネット選挙マニュアル』を刊行。

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