漫画思想【06】勇気ある者たち ―『ダイの大冒険』―

勇者アバン

 ここで、本家の勇者であるアバンの言動についても見ていきます。
 彼は、これぞ立派な大人と呼べるような魅力的な人物です。彼は自ら進んで戦いを望むような人物ではありませんが、平気で人を傷つけようとする外道に黙っていられるようなお人好しでもありません。
 彼は、愛や優しさの重要性を認識した上で、正義には力が必要だということを知っているのです。その力には、知恵や心の強さも含まれていることも分かっています。彼は自身の秀でた能力を隠すかのように、ひょうきんな行動をとったり、ギャグを言ったりもします。彼の行動は、皆に勇気を与えるものなのです。
 かつてアバンが魔王と戦っていたとき、会議の場で彼は次のような発言をしています。

重臣A「だめだ…!! どう考えても魔王に勝つてだてなどないっ!!」
重臣B「…いまさらジタバタしたところでなにもはじまらんのではないかっ…!!?」
アバン「ノン!ノン!ノン!! 何言ってるんですか、みなさん!!何もしなければまさに何もはじまらないでしょう? …ジタバタしかできないなら方法はひとつ…!! みなさん! ジタバタしましょう!!」

 アバンがそう言うと、皆は一瞬険しい表情をした後、笑い出したのです。その場にいた王女も含め、場は笑いにつつまれたのです。彼は、みんなに希望を与える、生まれついての勇者だったのです。王女は後に語っています。「だから私は今でも絶望しそうになったら、とことんまでジタバタしてやろうと思っているのよ。彼の言う事を…、今でも信じているから…!」と。
 そんなアバン自ら、勇気のある人だと評価した人物がいます。それは、ダイの恋人的な立ち位置にいる王女レオナです。

アバン「私の弟子たちはみんな心優しい。それは素晴らしい事ですが、戦いというのは非常なもの。時としては、涙をはらって、勝利のために邁進しなければならない事があるのも事実です。…そんな時、みんなをひっぱっていけるのは、…姫…、私が見た所では、あなたしかいない……。」
レオナ「……私…が…!!?」
アバン「…あなたには確固たる正義の信念がある。そして、人の上に立つ者として、生まれ持った器量があります。場合によっては、憎まれ役を演じてでも多くの民たちが、正しい道へ進める方法をとれる、勇気のある人だと思うのです…。」

 これは結構きわどいセリフです。政治学的に言うなら、封建主義的であり、貴族主義的でもあります。ですが、そこには真理の一つが示されています。こういった見解を持ち得ているということが、やはりアバンという人物に深みを与えています。ここには、秀でた者が直面せざるを得ない人間の醜さの問題があったのだと想像することもできます。
 それを踏まえた上で、続いて王女レオナの言動を見ていきましょう。

王女レオナ

 レオナは、パプニカ王国の王女です。少女と呼べる年齢ながら、敵軍の襲撃で行方不明となった国王に代わり国を支えています。勇猛果敢な姫として知られており、強い正義感と指導力とカリスマ性を持ったキャラクターです。
 彼女は指導者として高潔であり、仲間と共に潜伏しているとき、少ない食糧をめぐって兵士たちの間で争いが生まれます。そのときレオナは、争いの種になっている食糧を叩き落としてしまうのです。貴重な食糧だと苦情を言う兵士に向かい、レオナは毅然と言い放つのです。

いくら大事な物でも争いの種になるのならいらないわ。みんな…、あたしたちがこうして身を隠し反撃の準備を整えているのは、魔王軍の悪事をくじくためなのよ。それなのに、あたしたち自身が自分の欲のために他人を傷つけたりしてどうするの!? それじゃ魔王軍と変わらないじゃない! 魔物と同じ道を歩むぐらいなら…、人間として飢えて死にましょう…!!

 これは凄まじい言葉です。とてもじゃないですが、年端もいかない少女が言えるようなセリフではありません。王女としての地位と責任感が、彼女をして高潔な人物にたらしめているのでしょう。
 彼女は、王族として人間の強さを信じているのです。神がつくった最強の生物「竜(ドラゴン)の騎士」バランとの戦いにおいて、彼女は竜の騎士を崇拝するテラン国の王と対談します。あくまで竜の騎士と戦うのかというテラン王の問いに対し、彼女は次のように答えています。

……戦います! テランのみなさんはバランの攻撃を天命か何かだと思っていらっしゃるようですが、私には人間が滅ばされても当然のひどい生物だとはどうしても思えません! あれは侵略です!! 侵略に対しては戦います!

 また、最終決戦を前にして、レオナたちは破邪の力を手にしようとします。その際、神が残した試練が、大いなる力を得るにふさわしい大義を見せろとレオナに要求します。それを受けて、彼女は次のように答えるのです。

あ…あたしが破邪の力を必要な理由はたった一つだけ…!! 信じているからよ…! 今まで生まれ育った大地を! 国を! そして、そこに生きるすべての人々をっ…!! 悪を倒すためではなく、あたしたちの受け継いできたものが決して間違っていないことを証明するためにっ…!!! …力が欲しいっ!! それだけよっ!!!

 素晴らしい回答です。そうして彼女は試練に打ち勝ち、力を得るのです。

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西部邁

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