長谷川三千子の「神やぶれたまはず」
本書の題名である「神やぶれたまはず」は、折口信夫氏の「神 やぶれたまふ」に対応しています。
対応としているというより、折口氏の〈神様が敗れたといふことは、我々が宗教的な生活をせず、我々の行為が神に対する情熱を無視し、神を汚したから神の威力が発揮出来なかつた〉という意見に対抗しているといった方が適切かもしれません。当時の折口氏の状況や言説を参照し、長谷川さんは、〈おそらくこのとき、折口氏の心の目は、よほど暗く閉ざされてゐたのであらう〉と述べています。さらに当時の若者の残した言葉を参照し、〈折口氏の言葉は、このやうな日本の若い戦人の心から、まるでかけはなれてゐる〉ことを明らかにしていくのです。その手法は鮮やかです。
折口氏の「神 やぶれたまふ」という論理を否定し、長谷川さんは「神やぶれたまはず」の論理を構築していきます。問題が大東亜戦争に関わる以上、キリストの神と日本の神々の対比によって論理を紡ぐことが不可欠になります。そのとき参照しているのが、フランスの哲学者ジャック・デリダの著書『死を与える』になります。あとがきで長谷川さんは、〈必要不可欠の補助線がここで得られた〉と述べています。
「死」という概念を巡って、キリスト教の神と日本の神々の対比がなされていくのです。まず、〈ユダヤ教の神もキリスト教の神も、死ぬことのできない神〉だという理論が示されます。〈全知全能、唯一絶対の神に唯一不可能なことがあつて、それは死ぬことである〉というわけです。
それに対し、日本の〈われわれの神は、死にうる神々である〉という理論が示されます。〈『古事記』に語られてゐるとほり、われわれの神は、全知全能でもなければ絶対的最高善の体現者でもない〉のであり、〈人間と同じやうに手さぐりし模索する神々である〉というわけです。そのため日本の神々は、〈ただ一点、ユダヤ・キリスト教の神に真似のできない特色があつて、それは、死にうる神々だといふこと〉が強調されることになるのです。
この死にうる神々という論理と大東亜戦争の降伏という事態が、一つの解答へと収斂していきます。長谷川さんは『日本書紀』や『花園院宸記』という具体例を提示しながら、〈「降伏」といふ選択は天皇ご自身の生命を危険にさらすことになるのであるが、実はすでにそのこと自体が、日本の「国体」思想の内に織り込まれてゐるのである〉と述べています。
その上で、〈大東亜戦争の末期、わが国の天皇は国民を救ふために命を投げ出す覚悟をかため、国民は戦ひ抜く覚悟をかためてゐた。すなはち天皇は一刻も早い降伏を望まれ、国民の立場からは、降伏はありえない選択であつた〉という事態を描写するのです。この事態は、〈美しいジレンマである、と同時に、絶望的な怖ろしいジレンマでもある〉と語られています。なにしろ、〈ポツダム宣言を受諾して降伏するといふことは、すなはち天皇陛下の生命を敵にゆだねるといふことを意味する。そんな決定を、多数決であれ何であれ、閣議決定で行ふなどといふことは不可能なことなのである〉からです。
この美しくも絶望的な時代状況において、一つの奇蹟が起こるのです。本書の第十章、「昭和天皇御製「身はいかならむとも」」において、次のように記されています。
神風は吹かず、神は人々を見捨てたまふた――さう思はれたその瞬間、よく見ると、たきぎの上に、一億の国民、将兵の命のかたはらに、静かに神の命が置かれてゐた。
ただ、蝉の音のふりしきる真夏の太陽のもとに、神と人とが、互ひに自らの死を差し出し合ふ、沈黙の瞬間が在るのみである。
ここで、〈歴史上の事実として、本土決戦は行はれず、天皇は処刑されなかつた〉という経緯は重要です。それでも、〈昭和二十年八月のある一瞬――ほんの一瞬――日本国民全員の命と天皇の命とは、あひ並んでホロコーストのたきぎの上に横たはつてゐた〉ことは記憶に留めておくべきだと思われるのです。
これらの論理および事実によって、長谷川さんは「神やぶれたまはず」という結論に至るのです
折口信夫は、「神 やぶれたまふ」と言つた。しかし、イエスの死によつてキリスト教の神が敗れたわけではないとすれば、われわれの神も、決して敗れはしなかつた。大東亜戦争敗北の瞬間において、われわれは本当の意味で、われわれの神を得たのである。
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