食品偽装を防ぐために

鰈の煮付け

食品偽装への対策

昨年末、阪急阪神ホテルズをはじめ多くの企業で、メニューの記載と異なる食材を使っていたことが発覚した。近年多発している食品偽装を受けて第三者委員会の設置等が提案されているが、企業への監視を強めることによってこの問題は解決されるのであろうか。
 韓国の経済学者であるハジュン・チャンは著書「世界経済を破綻させる23の嘘」の中で経済が安定的に成り立つ条件について述べている。チャンは神戸製鋼の経営幹部が、ある集会でエコノミスト達に向けて言い放った次の発言を引用した。

「失礼ながら、あなたがたエコノミストは、現実世界がどのように動いているのかご存じでない。わたしは治金学の博士号を取得し、神戸製鋼でほぼ30年働いてきましたから、製鉄についてはいくばくかの知識があります。ところが、わが社はいまや大きく複雑な組織でありまして、わたしは社内で行われていることの半分も理解できません。ほかの経営陣―たとえば経理やマーケティングを担当する重役にしても、そう多くのことはわかっていないはずです。にもかかわらず取締役会は、部下たちから上がってくる計画の大半を認めます。それがふつうになっているわけです。で、なぜ認めるかと申しますと、わたしたちは社員が会社の利益のために働いているということを知っているからです。誰もが自分の利益を大きくしようと躍起になっているとの前提のもとに、社員のモチベーションを四六時中疑っていたら、会社はたちまち機能を停止してしまいます。わたしたちは理解できない提案を徹底的に調べるのに、持てる時間をすべて投入せざるをえなくなりますからね。すべての者はおのれの利益を追求する、などと考えてしまったら、神戸製鋼にせよ、巨大官僚組織を運営することなどできません」

この説明は企業内のみならず、消費者と企業の関係においても同様であろう。考えてみれば当然の話であるが、例えば、食事の度に食材の安全性を確認していたら消費者の手間は相当のものになってしまう。また、企業もその説明に追われてしまう。つまり、企業が偽装をしていないという信用をもとにすることで、消費者はこの大きな無駄を削ることが出来るのである。その信用は企業によって与えられていなければならない。よって、第三者委員会を設置しようと、偽装を暴いた者に懸賞金を出そうと、それは信用によって省くことの出来る作業を、わざわざお金を払って増やしているだけなのである。そう考えると、食品の偽装は経済的活動によって解決されることは期待できない。むしろ、経済的であるかどうかという議論が存在しない部分によって解決される問題なのである。

マイケル・サンデルの論考

 ハーバード白熱教室で知られているマイケル・サンデルは、チャンとは違った目線で経済的活動では解決できない、むしろ市場が入り込むことによって破壊されてしまう価値について述べている。サンデルによれば市場によって引き起こされる問題は「公正」と「腐敗」の二点である。この二つは臓器移植の市場を作った場合を想像するとわかりやすい。「公正」の観点からの異論は、臓器を売る行為が貧しい人々にとって自発的なものではなくそうせざるを得ない状況を作る可能性があること、そして富者のみが臓器を得られる環境が生まれてしまう危険性があるというものである。一方、「腐敗」の観点からの異論は、臓器市場によって、人間を予備部品の集まりとみなし、物質視する見方を助長する可能性を危惧した考えである。つまり、「親からもらったかけがえのないもの」「一つしかない重要なもの」といった価値観が、臓器を売買可能なものにすることによって壊されてしまう可能性を指摘している。
 このような市場化によって引き起こされるリスクを我々の「食」に置き換えて考えてみよう。「公正」の観点から考えれば、高品質な食材を裕福な人間しか食べることが出来ないこと、そして、逆に貧民が想定以上に粗悪な食品しかありつけない環境に陥ることが問題点となる。「腐敗」の観点で考えると、「いただきます」という言葉から伝わってくるような、食品を生産してくれた方々への感謝、そして、我々が生きていくことによって失われていく命への申し訳なさが経済的価値観の拡大によって損なわれてしまう危険を想定している。現に、多くの日本人は農業の問題を考えるときに、ビジネスの一つとして考えてしまっている。そこには生産者や大地への感謝は存在せず、農作物は利潤を生む単なる販売物に過ぎないのだ。

経済的価値観の拡大

 食品偽装が横行する原因が、「食」の範囲へ市場が浸食しすぎていることによる価値の「腐敗」だとしたらこの問題の解決はとても困難である。なぜなら、今現在「食」に関わっている労働者に突然規制をかけることも難しい上に、損得を超えた価値観は時間をかけて、かつ人為的ではない形で作られなければ意味を持たない。よって、今生きている我々には、市場によって失われる価値があることを認識し、腐敗させないよう心掛けることしか出来ないのである。しかし、市場化の流れは近年加速している。ファーストリテイリングの会長兼社長の柳井正が提案した世界同一賃金制度はその最たる例である。同一賃金で雇われている労働者の精神からは「自分」や「国民」といった価値観が市場によって破壊されている。また、柳井があるインタビューで「仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」と語っているように、彼の経営精神からは既に「労働者の幸せ」という価値観が失われているのである。

人間の精神に含まれる道徳が市場によって腐敗していくのならば、チャンが言ったようにいずれ経済は機能停止してしまうだろう。しかし、失われた価値観の重要性に気づいたからといって、それをもう一度作り直すことは容易でない。なぜなら、道徳的な価値観は長い時間をかけて培われる必要があるため、あえて市場化しようと思えば、供給側は歴史ということになる。歴史を相手に取引することなど、人間に出来るはずがないのである。

引用・参考文献
世界経済を破綻させる23の嘘[徳間書店]ハジュン・チャン 著 田村源二 訳
それをお金で買いますか 市場主義の限界 [早川書房] マイケル・サンデル 著 鬼沢忍 訳

西部邁

大貫直哉

大貫直哉学生

投稿者プロフィール

東京都出身 1991年生まれ
現滋賀大学院経済学研究科一回生 専攻は経済思想 大学時代の専攻は貿易実務。

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