個人主義か、国家主義か

昨今、アベノミクスやTPPの議論が行われるうえで国家の役割が問われている。「失われた20年」と称されるデフレ期に流行した新古典派の経済学は国家、政府の役割を出来る限り小さくし、市場の動きに任せることでより効率的な経済活動が行われるという考えを基にしたものであるが、国際的な労働や貨幣の移動が問題となっている現代では批判されるのも当然であろう。だが、問題は古典派経済学を代表とする国家に任せるのか、それとも市場のなかで個人に任せるのかという国家と個人を対立させる考えそのものだと私は考えている。

個人主義、国家主義を批判した夏目漱石

小説家である夏目漱石は大正三年「私の個人主義」というテーマで講演を行った。この講演で漱石は人間を一つ主義に片づけることは出来ないという前提を置きながらも、個人主義と国家主義の両主義を批判している。
夏目漱石は自分の経験を基に、個人主義を持つうえで必要となる三つの条件を次のように述べている。「第一に自己の個性の発展をしとげようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないこと。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに付随している義務というものを心得なければならないということ。第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないということ。」
要するに好き勝手やることが個人主義ではないということである。次の段落で漱石は「この三者を自由に享け楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起こってくる」と付け加えている。
反対に国家主義に対しての批判を要約すると次の通りである。
国家は大切なものかも知れないが、そう朝から晩まで国家にとりつかれたような真似はとうていわれわれにできる話でない。豆腐屋が豆腐を売るのは、けっして国家のためではない。根本的の主意は自分の衣食の料を得るためである。しかし、本人はどうであろうとも結果として社会に必要なものを供する点においては、間接的に国家の利益になっているかもしれない。確かに日本はそれほど安泰ではないかもしれないが、戦争など本当の危機に瀕すれば、皆が個人の自由や活動を束縛し自然と国家のために尽くすだろう。
 以上が両主義の批判である。

個人主義を成り立たせるには、国家や社会による規制が必要

 この講演が行われてから百年が経とうとしているが、現代を眺めても漱石は同じ内容の講演をするであろうか。実際には国家が個人主義を推進しようと市場に任せてみたが、三つの人格を背後に作りあげるほど人間は優秀ではなかった。また、尖閣諸島や竹島が侵略される事態が起きても日本人は国家のために尽くす動きは見せていない。(むしろ、自由を束縛されないために募金で解決しようとした。)それでは背後に優秀な人格を形成するためにはどうすれば良いのだろうか。
経営学者であるドラッカーは「理想の社会とは、腹黒い奴隷商人さえ社会的な目的に貢献せざるをえなくなっている社会である」と語った。これは、個人主義を成り立たせるための人格を作るためには国家なり社会による規制が必要ということを意味しているのではないだろうか。つまり、いわゆる鶏が先か卵が先かという話のようなもので、個人を上手く成り立たせるためには国家による方向づけが必要であり、その国家を作り上げているのは個人の集まりなのだ。
現代の日本人から考えてみると、個人主義のもとで個人が徳を形成することは、生活の一部である経済活動ですら出来ないことがわかった。また、平穏に見えるからと言って国家意識を希薄にしてしまえば、その状態に慢心してしまい、それを取り戻すことが難しいこともわかった。漱石は国家に命令されて飯を食わされたり、顔を洗わせられることはかなわないと述べている。だが、実際には国家による具体的な行動まではいかない抽象性の持った行動の方向づけは必要なように思われる。そして、その方向に合わせながら、個人が自我の形成を目指すことで、我々は理想的な個人主義を初めて見ることができるのではないだろうか。

西部邁

大貫直哉

大貫直哉学生

投稿者プロフィール

東京都出身 1991年生まれ
現滋賀大学院経済学研究科一回生 専攻は経済思想 大学時代の専攻は貿易実務。

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