「フリードマンは悪いけどハイエクは悪くない」という議論について

「致命的な思いあがり批判」を批判することを批判

 ハイエクの考えでは、〈現代のおける個人的自由については、十七世紀のイギリスより以前に遡ることはほとんど不可能(『自由の条件』)〉とされています。そして〈二○○年以上にもわたり個人的自由の維持と保護はこの国の指導理念となり、その制度と伝統は文明世界にとっての模範となった(『同上』)〉とハイエクは考えます。

イギリス十七世紀に始まった自由の伝統は、アメリカでも展開されています。ハイエクは、〈イギリスやアメリカをして自由と公正、寛大と独立の国とした伝統に対する揺るがぬ信念(『隷従への道』)〉を掲げます。

 ここでハイエクが、自由の伝統はイギリスとアメリカで見られるものですが、〈われわれの文明を変化させている思想はいかなる国境をも考慮しない(『自由の条件』)〉と言っていることに注意が必要です。

ハイエクの言葉の中に、〈全人類を単一の社会に統合できるような普遍的な平和的秩序にわれわれが近づくことができるのは、正しい行動ルールを他の人びとすべてとの関係にまで拡張し、普遍的に適用することができないルールからその義務的性格を取り除くことによる以外にはない(『同上』)〉とあります。

ハイエクとは、十七世紀イギリスに発生した自由主義は、いかなる国境をも考慮しないで全人類を単一の社会に統合できる、そう考えている人なのです。

ハイエクとは、マルクス主義という名の全体主義を批判した、自由主義という名の全体主義者ではないかと、皮肉の一つも言いたくなります。

 このハイエクの自由の見方は、ハイエクの高いエドマンド・バーク評価にもかかわらず、バークの自由とは別物です。イギリス人のバークは、〈我々の自由を主張し要求するに当って、それを、祖先から発して我々に至り、更には子孫にまで伝えられるべき限嗣相続財産とすること、また、この王国の民衆にだけ特別に帰属する財産として、何にせよそれ以外のより一般的権利や先行の権利などとは決して結び付けないこと、これこそ、マグナ・カルタに始まって権利宣言に及ぶ我が憲法の不易の方針であった(『フランス革命の省察』)〉と述べています。

 私はバークの考え方を(日本に有害にならない限りで)容認しますが、依拠する気はありません。そもそも、日本人である私がバークの自由に依拠することは、バークの自由の定義と矛盾してしまいます。
私は、次に挙げるヨハン・ホイジンガの意見とほぼ同じ考えに立ちます。オランダ人のホイジンガは、〈すべての文化、全ての文化圏は、自分の歴史を真の歴史とみなさなければならず、またそうすることが許される。ただし、彼の文化良心が彼に課する批判上の要求にしたがってその歴史を構成し、この良心に沈黙を命ずる権力欲の要求によって構成しない場合に限るが(『歴史とは何か』)〉と述べています。

この考え方に立つと、次のハイエクの言説が独善に基づいていることがわかります。ハイエクは、〈そこにおける地位がくじ引きによって決定されることを知っているならば自分の子供をそこにおくほうがよいと考える社会が最善の社会である(『法と立法と自由』)〉と言います。ですが、ホイジンガの考えに立つと、異なる文化圏がそれぞれ違う最善の社会を述べるわけですから、ハイエクのくじ引き案は成り立ちません。ただしハイエクは、イギリスとアメリカの伝統が考える社会が最善なのだと言うのでしょう。
そこで私は、ハイエクの自由主義に関して、依拠も容認もせずに排除します。その理由はきわめて簡単です。

 以下のように、イギリスとアメリカの伝統・文化に基づいて安定している社会を[自由の状態]と呼びます。同様に、日本の伝統・文化に基づいて安定している社会を便宜的に[和を以て貴しの状態]と呼ぶことにします。

自由と和を以て貴しの状態

 この二つの状態は、以下のように部分的に重なり合います。

hayek

 このときハイエクの自由主義から見ると、赤色部分([自由の状態]でなく[和を以て貴しの状態]である部分)は自由ではない部分となります。それゆえ自由主義者は、不正な部分と見なします。両者が競争状態にあるとき、自由主義の観点から赤色部分を排撃できます。
 結果として、日本側が自由主義に依拠する限り、イギリスとアメリカは勝ち、日本は負けます。

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西部邁

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