私も似たようなケースに遭遇したことがあります。まだ掛け算や割り算をソフトウェアで計算しなければならなかった8ビットパソコンの時代、「最も早い掛け算プログラム」を作る競争をしていた際、速度を測定するベンチマーク・プログラムに合わせて掛け算プログラムを最適化して勝利したことがあるのです。
この場合、実際のゴールは「ベンチマーク・プログラムを走らせた時に最高の性能が出る」ことがゴールだったので、それに向けて掛け算プログラムを最適化することには何の問題もなかったし、罪悪感も感じませんでした。
フォルクスワーゲンのソフトウェアも、「排ガスを減らすと馬力や燃費が悪くなる」というジレンマを抱えたエンジニアに対し、経営陣から「馬力や燃費を落とさずに排ガス規制基準をクリアする車を作れ」というプレッシャーがかかり続けたのだと思います。
その結果、最初は「排ガス検査中には起こらないような急加速や高負荷の際には、馬力優先モードにする」程度のソフトウェアを組み込んだのだと思います。ここまでならば、私が担当者でもしたでしょうし、実際、フォルクスワーゲン社以外のディーゼル車のソフトウェアにもそんな仕組みは入っていると思います。
燃費の方はもっと複雑ですが、同じように、燃費を測定する時に使われる走行パターンでは燃費を最優先に、排ガス検査で使われるパターンでは排ガス抑制を最優先にするソフトウェアを書くのは、そんな立場に置かれたエンジニアであれば当然だと私は思います。
そんな「エンジニアとして当然」の仕事を繰り返している間に、フォルクスワーゲンのディーゼル車は、通常走行の際には検査中の10倍から40倍の排ガスを出す設計になってしまったのですが、どの時点で「エンジニアとして当然の仕事」が「消費者の期待を裏切る不正行為」になってしまったのかの線引きは非常に難しいと思います。
コメント
この記事へのトラックバックはありません。
この記事へのコメントはありません。