吉田寮の四畳半は滅びるのか?忍び寄る「グローバル化の影」 〜京都大学生の最後の聖戦〜

平成27年7月28日、京都大学に大きな激震が走りました。大学当局が吉田寮自治会に対して、「吉田寮の入寮者募集について」という文書を通知したのです。

ご存知の方も多いと思いますが、吉田寮というのは京都大学の学生寮です。大正期に作られた、「築約100年」の木造2階立ての寮の「ボロさ」は京都大学生だけでなく、京都の学生であれば、知らない人はいないほどで、「ゴキブリの死骸が転がっている」、「ヤギを飼っていて、謝肉祭がある」などという噂が立つほどです。

ちなみに、皆さんは京都大学というと何を思い出すでしょうか?
例えば、ドラマ「ガリレオ」のオープニングでも登場した時計台、2012年にノーベル賞を受賞した山中教授のiPS細胞、中には総長カレーというニッチな製品を挙げる人もいるかもしれません。
しかし、京都で学生時代を過ごした人であれば、ほとんどの人が「吉田寮」と答えるでしょう。アニメにもなった森見登美彦氏の「四畳半神話大系」や万城目学氏の「鴨川ホルモー」といった作品の舞台にもなっており、「下駄履きの大学生」の最後の砦のようなイメージでもあります。

その吉田寮にたいして、大学当局側は今年の秋以降の追加募集の取りやめを要請しました。これに対して、吉田寮自治会側は、8月4日に抗議声明文と公開質問状を提出しています。

長年の課題がどうしてこの時期に?

7月28日の当局の通知によれば、吉田寮の抱えている耐震性の問題によって寮生の安全を確保できないことを理由にしていますが、この問題に関しては、少なくとも10年以上前から取り上げられてきました。そのたびに、当局側と自治会側の折衝が行われては破談、また折衝というやり取りが続いてきたのです。

そういった3歩進んで2歩下がっていたような問題に対して、どうしてこのタイミングで当局側が大きく出たかといえば、前回取り上げた、大学改革の余波が大きいことは疑いありません。ASREADの記事でも紹介されているスーパーグローバル大学なるものの影響が大きいと推測されます。

その証拠というわけではないですが、2013年には吉田南キャンパス内にあったテニスコート4面の土地を使い、吉田国際交流会館という留学生を対象とした宿舎が建てられました。ちなみに、その国際交流館は吉田寮の土地と隣接しています。

当局側は吉田寮に対して、メッセージを送っていることは間違いないのですが、どうして、今回のような強固な手段に出たのか。

私は、通知文書に含まれた「安全」という文言に注目します。

政治的ショック療法

ナオミ・クラインの「ショック・ドクトリン」の冒頭では、2005年のハリケーン「カトリーナ」で壊滅状態となったニューオーリンズを、政治家や経済学者たちは「すべての課題を解決し、やりたいことができる好機」と捉えたとされています。

日本においても同じく、東日本大震災以降、建物の安全や防災という観点はこれまで以上に強く意識され、確保されるべきという「変化の適応」が行われてきました。

そこにかこつけて、長年の課題であった吉田寮の建て直し問題と大学のグローバル化への適応という課題を一挙に解決させようとしているように見えます。

吉田寮は守られるべきか?

そういった当局側のやり方が巧妙とはいえ、根本的に吉田寮が守られるべきか否かは言及する必要があるでしょう。

私は結論からすれば、あると思います。

歴史的な建造物というのは、それだけで価値があるものです。もし、これが、吉田寮ではなく現存する神社や寺だったら、このような議論がでてくるでしょうか?

歴史的な建造物というのは例え、私有財産であったとしても、公的な性格を持ったものになります。100年の歴史、京都大学の歩んできた歴史を体現している寮が一過性のトレンドに乗じて、自治会との話し合い(というか折衝)をすっ飛ばして、建て直されてしまう。

それ自体、公的な財産としての吉田寮への冒頭であり、歴史へのリスペクトの欠如と言えるでしょう。そのような姿勢になってしまった大学自体が、連綿と続く学問に対して、リスペクトを払いながら、新たなる発見を繰り返していくことができるでしょうか。
この吉田寮問題からは、京都大学の衰退、あるいは日本の学問の弱体化が見て取られると、大げさではなく、私は考えております。

西部邁

神田 錦之介

投稿者プロフィール

京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。
大切なことを伝えることとエンターテイメントは両立すると信じ、「ワクワクして、ためになる」文章をお送りします。

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