大好きな北軽をさびれさせたのは誰か

 こうして侘しさを胸に畳みながら帰ってきました。地方の疲弊ぶりは、シャッター街の増加や温泉旅館街の不振など話題に事欠きませんが、自分がよく知っている土地でそれを目の当たりにしたときの感覚はまた格別です。ここは荒廃していく、うらぶれていく、ダメになっていくのかという下降感がひしひしと身にこたえるのです。しかもここ一、二年の短い期間にそれを顕著に確認することになったという点が、私のショックを大きくしたようです。唯一、オートキャンプ場だけは家族連れに人気があり、いつもと変わらないにぎわいを見せていたのがせめてもの救いでした。
 北軽井沢はとても空気が清々しくて美しい牧草地があちこちに広がり、しかも浅間山の威容をすぐ近くに臨むことができ、都心からさほど遠くないので、避暑地としては絶好といっても過言ではありません。軽井沢の夏はそんなに涼しくありませんが、北軽まで行くとたいへん涼しくて爽やかです。その点は少しも変わっていないのに、ある人為的な理由から凋落していくのかと思うと、悔しくてなりません。
 この理由をさらに細かく探っていくと、さまざまなものが考えられます。
 まず去年の御岳山の噴火、今年に入ってからの箱根の火山活動の活発化に続いて、浅間山も活発になっているという情報の影響を無視することは出来ないでしょう。東日本大震災以来、人々は災害に過剰なほど敏感になっているので、そのために観光客が減ったということは、ある程度までは考えられることです。これは一種の風評被害ですね。
 高齢社会化が進み、人々が面倒くさがってあまり別荘に来なくなったということも考えられます。何しろ冬はマイナス20度という厳しい気象条件ですから。
 しかしもちろん、主たる理由はこれらではなく、ずっと続いているデフレ不況(失われた二十年)こそが決定的です。
 よく振り返ってみれば、数年前から北軽のじり貧状態ははっきりしてきたことがわかります。スーパーの活気のなさや商店街ビルの不振、パン屋さんの経営失敗などは、かなり前からその兆候があったのです。観光客、避暑客の足がしだいに遠のき、お金を落としていかなくなりました。別荘がたくさん建てられてにぎわったのはバブル期の余韻がまだあった90年代末くらいまでで、おそらく2000年代に入ってからは下降線だったのでしょう。その証拠に、いまや別荘の家具類がリサイクルに出されている始末ですから。
 この不況の結果、人々の消費マインドはすっかり冷え込んだままで、仮にある程度の観光客、避暑客が訪れたとしても、現地でお金を使うことが手控えられているのだと思います。ことに別荘地の避暑客の場合、飲食物などは自宅近くの安いところで買い込んで車で運ぶことが可能ですから、そういう倹約策を多くの人が取っていることが考えられます。もともと規模のあまり大きくない避暑地でこれをやられると、現地にはほとんどお金が落ちないでしょう。
 私が今度感じた侘しさの中には、単にお客さんが減ったとか消費を控えるようになったとかいったことだけではなく、それを受ける現地の人たちが意気消沈している様子がつぶさに感じ取られたということも含まれます。かつては夏の花火大会、冬の雪まつりのような催しがあって、街ぐるみで盛り上がりを見せていたのですが、最近は、それもどうやらやめてしまったようです(まだやっているのかな? でもそれらしいポスターは見かけませんでした)。それはそうですよね。需要がない所に供給が伸びるはずがありません。この町をもっと魅力ある避暑地として盛り上げていこうという供給側の意欲と創意と気力の喪失――これは何とも悲しいことです。

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西部邁

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コメント

    • 岡部凜太郎
    • 2015年 8月 19日

    小浜先生、ご無沙汰しています。
    私は軽井沢には行ったことはないのですが、私の地元でも以前からあった大手百貨店が数年前に撤退し、以前は雑居ビルが立ち並んでいた地区も今では駐車場が多くなってしまっています。こういったことは日本全体で起きているのでしょう。以前から地方の衰退は各方面で言われていましたが、自らの生活圏でこのような傾向が顕著になるのは見るに忍びないです。そんな中でも地方主権や道州制などと言った制度が地方活性化の特効薬のように扱われているのを見ると形容し難い感傷に耽ってしまいます。最近は少し下火にはなりましたが、外国人特区と称し、外国人労働者を地方の特区で積極的に受け入れ、地方の人口を増やし、地方活性化を計るなどという計画もありますが、少々、言葉は過激ですが、馬鹿ではないかと呆れてしまいます。地方活性化と称し、パフォーマンス型政策を計画、あるいは実行してきた政治の責任は極めて重いと言わざるを得ません。
    田畑が実り、自然があり、その中で伝統的な共同体が築かれ、文化が生まれ、慣習が継承される、こういった地方の伝統的なリズムをいかに保守するか、あるいは復興するか、現在の地方創生、地方活性化にはこういった視点がすっぽりと抜き落ちてしまっています。そして、やはり、地方の衰退をこれ以上止めるためにはいかに東京一極集中を是正するか、いかに東京の過度な発展を是正するか、この視点も現在の議論では無視されているように感じます。東京都は多くの有権者を擁しますので、東京の過度な発展の是正を面と政治家の方が訴えるのは難しいかもしれませんが、東京一極集中をこれ以上は止めなくして地方創生は実現し得ないでしょう。
    ただ、小浜先生が仰るように新自由主義ではない正しい経済政策を適切に実施しなければ、地方活性化の方策をいくら検討しても海の藻屑と消えてしまいます。この20年の経済と政治の関係性を鑑みて、多くの国民が少しでも「改革」や「破壊」などという言葉に違和感を持ち、ここ20年ほどの政治の在り方が変化していくことを願って止みません。

  1. 岡部凛太郎さんへ

    いつもながら、的確なコメント、ありがとうございます。

    そう言えば、福岡は、たしかに「戦略特区」として指定されていましたね。これは、アベノミクス第三の矢「成長戦略」にもとづくものですが、この第三の矢こそは、第一、第二の効果と逆行する、小泉内閣以来の構造改革、規制緩和路線の継続に当たります。この政策を支えている思想は、ただ一つ、「自由な競争によって経済の活性化を諮る」というものですが、これがアメリカ流の新自由主義に骨の髄まで毒された竹中平蔵氏らの推進する伝統破壊、文化破壊的な路線であることは明らかです。外国人労働者受け入れ(実質的には移民)政策は、労働力の自由競争を招くので、賃金が下がり、庶民の生活はますます苦しくなります。こんなわかりきったことを福岡で「実験」するというのは、頭がおかしいとしか言いようがありませんね。

    地域主権とか道州制などというのも、「自由競争」路線ですが、スタートラインが大都市圏と地方とでは全く違うのに、公平な競争が成立するはずがなく、地域間格差はますます開くばかりでしょう。

    東京一極集中の弊害もおっしゃる通りで、三橋貴明さんや藤井聡さんが口を酸っぱくして言っているように、災害大国日本がいざというとき各地域で助け合えるために、また地域経済の停滞を少しでも解決して地方の産業を活性化させるために、まずは、道路、鉄道をはじめとしたインフラをできるだけ整備しなくてはなりません。

    全国どこへ行っても、インフラの劣化と不活性な雰囲気が気になります。先日も、藤沢周平(私は彼の大ファンなのですが)のふるさとである山形県鶴岡市に行ってきましたが、かつて庄内藩十四万石として栄えたこの伝統的な文化都市の中心街も人影はまばらで、かつて鶴岡銀座と呼ばれた商店街は、やはりシャッター街になっていました。

    この大都市と地方の格差の問題を解決するためには、第二の矢、つまり公共投資に巨額の資金を投ずる必要があります。これは建設国債を発行して日銀に買い取ってもらえば容易にできることなのですが、いまの政府には、まったくその気がないようです。それもこれも、財務省の「国の借金で財政破綻の危機」という大嘘がマスコミを通して国民の間に浸透し、節約本位の緊縮財政路線がまかり通ってしまっているからです。国民が騙されるのはある程度仕方のないことかもしれませんが、政治家が財務省にマインドコントロールされて、真相をまったく理解していないのが一番困ります。

    あなたが以前おっしゃっていたように、本当に幕末維新の頃の「塾」のようなものが必要ですね。優れた人々、志ある人々がこれからの日本国家の行方について自由に議論し合い切磋琢磨しあう空間、そういうものがほしいのですが、関心が多様化している現代ではなかなか条件が厳しく、気運も盛り上がりません。サイバー空間の利点を活かすのが一番いいのかと思いますが、このASREADの常連執筆者や、岡部さんのような若い方たちが、何かその方向で構想していただけるととてもありがたく存じます。

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