失われた20年のもたらしたもの ー 失われた20年の正体(その2)

名目経済成長が止まることによる弊害

1998年以降も、名目GDPが減少に転じたとはいえ、実質GDPはわずかながらも増加しています。これは、2012年の日本国民は全体として、1997年の自分達よりも1.09倍の物やサービスを購入するだけの所得を稼いだことを意味します。
こう考えると、海外のパフォーマンスに見劣りするとはいえ多少は豊かになっているのだから良いではないか、という議論も成り立ちそうですが、そうではありません。お金を単位に計算される国民全体の所得である名目GDPの成長が止まってしまうことは、以下のような弊害をもたらします。

まず根本的な問題として、お金を媒体とした生産メカニズムである「資本主義経済」が機能しなくなるということです。資本主義経済は、「お金を元手にして生産設備や労働力を調達→(やはりお金を単位に計算される)利益の極大化を目指した生産・販売活動」を営利企業が反復することで成り立っています。
ところが、「企業の利益」とは国民全体の所得である名目GDPの一部なので、名目経済成長が止まると国内での企業の利益成長機会もまた止まってしまいます。その結果もたらされる投資活動の停滞は、国全体の生産力、即ち富を稼ぐ力の低下につながります。
図2は国内民間企業部門の所得を「営業余剰(企業会計上の営業利益に相当)」と「固定資本減耗(同減価償却費に相当)」に分け、民間企業の総固定資本形成(土地取得等を除いた設備投資)と共に1980年以降の推移をたどったものです。企業所得全体はバブル崩壊以降横ばいで推移する一方、所得全体に占める固定資本減耗の比率が上昇傾向にあるということは、その分企業にとって「利益」と認識できる所得が減っていることを意味します。
さらに、2009年以降は総固定資本形成の金額が固定資本減耗のそれを下回る、すなわち名目ベースではありますが、生産設備が減少するほど投資が停滞する状況に陥っています。

【図2:民間企業部門の所得及び総固定資本形成の推移】

民間企業部門の所得及び総固定資本形成の推移

図3は各経済主体の貯蓄投資バランス(≒フリーキャッシュフロー)の推移を1955年以降たどったものです。デフレが始まった1998年以降、それまで常にマイナスだった企業部門の貯蓄投資バランスがプラスに転じているのは、経済成長が止まって利益成長期待が無くなった結果、投資意欲が大幅に低下したことを反映しています(時折、批判的な論調でなされる「企業が内部留保を貯め込んでいる」というコメントは誤りで、全体としてみれば企業が社内にキャッシュを貯め込んでいる訳ではなく、「利益成長期待の喪失を背景とした債務の返済」に充てられているのが実態です)。

【図3:日本の経済主体別貯蓄投資バランスの推移(GDP比)】

日本の経済主体別貯蓄投資バランスの推移(GDP比)

また、この図から、デフレ(需要に対する供給の過剰)の主因が「利益成長期待を失った企業の投資需要の減退」であることがわかります。
「デフレ=不況」では必ずしもなく、それが「所得以上に供給力が伸びている結果としての価格低下」であれば問題無い、場合によってはむしろ望ましい場合もあり得るのですが(実際、産業革命で経済発展した19世紀のイギリスは、総じてデフレ傾向でした)、今の日本のデフレは中長期的な国力低下につながる、悪性のデフレという訳です。

名目経済成長が止まることによるもう1つの問題は、名目賃金、すなわち給与所得の伸び悩みです。
労働者の関心は物価水準を加味した実質賃金にあり、賃金水準の決定にも市場メカニズムがはたらくため、労働で得られた所得を消費して得る「正の効用」と、労働することによる「負の効用」とが釣り合うところに自ずと調整される、というのが「完全競争」を前提とした新古典派経済学の教えるところですが、現実の人々の関心はむしろ名目賃金にあり、そうした調整メカニズムが上手く機能するのはむしろ特殊なケースである、と喝破したのがイギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズの「雇用、利子、お金の一般理論」です。
名目賃金の上下が「各人の労働に対する評価」としての機能も果たしていること、所得が返済の原資になる債務(ex. 住宅ローン)が名目ベースであることを踏まえても、名目賃金の動向が人々の行動に与える影響は重大なものと考えるべきでしょう。
従って名目賃金全体の伸び悩みは、労働モラルの低下か、若年層を中心とした新規労働者へのしわ寄せにつながりかねません。
つまりいずれの観点から見ても、「失われた20年」は「中長期的な日本の国力低下」をもたらしているのです。

【参考文献】
ジョン・メイナード・ケインズ「雇用、利子、お金の一般理論
(校正前のバージョンですが、翻訳者である山形浩生氏のサイトで全文や要約版を見ることも可能です)
ジョージ・A・アカロフ&ロバート・シラー「アニマルスピリット 人間の心理がマクロ経済を動かす
吉川洋「デフレーション “日本の慢性病”の全貌を解明する

→ 次の記事を読む: 失われた20年の正体 その3:正しい経済理論とは何か

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西部邁

島倉原

島倉原評論家

投稿者プロフィール

東京大学法学部卒業。会社勤めのかたわら、景気循環学会や「日本経済復活の会」に所属。ブログ「経済とは経世済民なり」やメルマガ「三橋貴明の『新』日本経済新聞」執筆のほか、インターネット動画「チャンネルAjer」に出演し、日本の「失われた20年」の原因が緊縮財政にあることを、経済理論および統計データに基づき解説している。

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