原発停止地域で何が起こっているか

軽薄だった菅政権

 二〇一一年五月、菅総理(当時)は運転停止の決まった中部電力・浜岡原発以外の原発について、再稼働をほぼ容認するコメントを出した。
「原子力のより安全な活用の仕方を見出すなかで、さらに活用していく」(二〇一一年五月十九日、しんぶん赤旗)
 海江田経産大臣(当時)も、浜岡以外の原発は安全という旨の発言をしている。
 震災から二カ月後の当時、原発に対する国民の不安感は非常に大きかった。私もそのなかの一人で、水や田畑が放射性物質によって汚染され、この国の将来は真っ暗ではないかとすら思った。「わからない恐怖」への不安が国民を疲弊させていたなかで、原発を使って政権の安定を図ろうとしたのが菅である。
 浜岡原発の停止を決めた直後には政権支持率が上昇したが、先の発言のあと、支持率は再び下がった。同年七月には「ストレステストの実施」を発表。これほど短期間のうちに前言をいとも簡単に翻したことに、原発反対を打ち出しておけば支持率が安定するという、極めて軽薄で国民を馬鹿にした菅政権の思惑が如実に表れている。
 二転三転する菅政権の原発論は、地方自治体の首長やマスコミ業界といったコミュニティのなかにいらぬ火種を投げ入れただけでなく、原発が生活の糧であった人々の首を真綿でジリジリと締め上げるようなものに他ならなかったことを、かつて東京電力管内の原発で働いていた元作業員が述懐する。
「原発で働いていた私たちですら、福島の事故を見て原発は恐ろしいと思った。目に見える被害がないとはいえ、マスコミや識者が危険だ危険だと言いまくる。会社(東電)は危険とはいわないが、安全との説明もない。社員も下請けも、全員が不安だったはず。
 しかしその不安も、生活が困窮していくに連れて小さくなった。将来の不安より、目の前の生活が不安定になってくると、どうしても原発を動かさないと話にならない現実がわかってくる。だから、菅さんが『安全確認が出来次第、原発は再稼働』と約束してくれたのには正直ホッとした」
 しかし、そんな元作業員の期待は簡単に裏切られた。

原発関係者は「悪」なのか

「僕みたいな末端の作業員だけでなく、東電の社員も、役員も社長も、原発関係者の全員が、菅さんや民主党の発言に振り回された。結局、原発の再稼働はなく、原子力産業に見切りをつけた。見切りをつけるというのは生活の糧がなくなるということ。事の大きさを、菅さんも民主党政権もまったくわかっていない」
 菅は政権転覆後、饒舌に「原発撤廃」を訴え、東京・吉祥寺の高級住宅街に新築した「エコカンハウス」を自慢する能天気なブログまで展開している。
 下野した途端、前言を翻す無責任さにはあいた口が塞がらないが、菅や民主党政権が招いた原発を巡る混乱のなかで、原発がまるで「悪魔」のようなイメージで国民に刷り込まれてきたのである。
 これでは、弱い立場にあるはずの原発従事者に世論の目が向けられるどころか、原発従事者そのものが「非」なる存在として捉えられ始めたのだ。福島の原発避難民に対する皮肉や嫉妬が生まれた、一つの大きな要因ではないだろうか。
 福島で目撃した原発避難民への非難は、あの時は小さなコミュニティでしか語られず、また原発避難民は当然救済されるべきという世論が形成されており、外に漏れることはなかった。そのために事態は悪化の一途を辿り、両者の対立は修復不可能とも思えるような現地の実態をレポートする記事なども見受けられる。
 二〇一二年七月、約半年ぶりに三回目に福島を訪れたのは、それまでのように被災地の取材ではなく、郡山市のアパレル店への取材という名目であった。東北新幹線で郡山駅に降り立ったが、平日だからか人通りは少なく、いかにも北関東の地方都市といった雰囲気だ。
 取材を終え、アパレル店の店長と夜の街へ繰り出して話したのは、やはりかねてより気になっていた復興状況と、原発避難民の実態であった。ここ郡山にも、いわきほどではないが避難民が生活していると聞いていたし、いわゆる「復興バブル」というものの波及効果はどうか、訊いてみたのだ。
「避難民のお客さんもいますけど、大したもんじゃありません。この辺(郡山市駅前の歓楽街)の女の子がいるお店には、避難民のお客さんが多いみたいですけど」
 二軒目に行ったキャバクラでは、店長が教えてくれたとおりの「実態」を女の子が教えてくれた。
「避難民のお客さんは多いけど、いわきのほうはもっとすごいみたいです。働いてない人も多そうで、オープンラスト(開店から閉店まで)のお客さんもいて、同伴やアフターしてくれたり、高いお酒入れてくれたり……。復興で他所から来てるお客さんもたくさんいますけど、すぐわかります。避難されてる方ですか? なんて訊けませんけどね」
 翌日、駅に向かうために乗ったタクシーでも同じような質問を運転手にぶつけてみたが、運転手の口からはほとんど罵詈雑言に近い「本音」が漏れた。
「連中はタクシーなんか使わない。ほら、あそこのパチンコ屋。『いわきナンバー』ばかりでしょう。ここらは『郡山ナンバー』なんですよ。平日の昼間から避難民がパチンコやってるんですね。高級車とか綺麗な車も多いですよ。賠償金で買ってるんです。儲かってるのはパチンコ屋と車屋くらいなもん。正直、『避難民のクセして』と思ってますよ」
 以前、東京近郊で中古車販売業を営む知人が、震災後の福島に支店を出したと話していたことを思い出した。私はてっきり、車が津波で流されたり、避難の際に置いてきたりした人々の需要によるものだと思っていたが、事実はそうではなかった。
 震災直後こそそのような需要があったらしく、軽自動車や走行距離の長い安価な型落ちが多く売れたのが、その後、次第に高級車が売れるようになったというのだ。
 これらが原発避難民全ての実態、というわけではもちろんないだろう。本当にごく一部の、弱者であることを逆手に取った不届き者による行為だと信じたい。

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西部邁

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