経済学を学ばなくても経済音痴は克服できる

 ところで、経済音痴がなぜこんなことを断定できるようになったのか。じつは、はじめに申し上げた「少しばかり勉強した」という、その「勉強」の方法、関心のもち方、目のつけどころをどこに置くかが決定的なのです。
「勉強」というと、勉強好きの日本人は、たいていまず大学や大学院に通って専門家に学ぼうとするか、学界で偉いと言われている先生が書いた「経済学入門」などの本を読んで基礎的な教養を身につけようとするか、または難しい理論書に肩を怒らせて取り組んだりします。しかし、それが間違いの元です。
経済学の犯罪』(講談社現代新書)を著した佐伯啓思氏を読書会にお呼びした時、塾を経営しているある参加者が、「自分の塾に来ている生徒が経済学部を受験したいと言っているのですが、どうでしょうか」と質問しました。佐伯氏は言下に「あ、それはやめたほうがいいです」と答えて、会場の笑いを誘いました。
 経済学や経済の理論を勉強することと、経済社会の現実が大筋でどうまわっているかを理解しその是非を判断することとはまったく別のことです。もちろん重要なのは後者です。その違いを簡単に整理してみると、次のようになります。

①現代の「専門学」と名のつくものは、価値観からの中立を装い、できるだけ脱倫理的・客観的な体裁を取ろうとする。しかし経済の現実を理解することにとって、ある学説や政策がどんな価値観を暗黙の前提にしているかを知ることは不可欠である。どんな言説も、純粋中立などということはあり得ない。中立、公正、脱倫理・没価値的・客観的な体裁を取っている言説ほど、じつはあるイデオロギーのドツボにハマっている傾向が強い。経済学に関してはことにこのことが当てはまるので、要注意。

②経済とは、現実の生きた社会における人間のダイナミックな活動である。したがって、その現実の活動からある法則性を抽出し、理論として提示されたものは、あくまで一つの仮説にすぎない。流動する現実がその仮説と食い違う実態を示すときには、仮説のほうを改めなくてはならない。しかるに、理論信仰に陥っている主流派経済学者たちは、そういう時、現実のほうが間違っていると固執する。

③経済を理解する上で重要なのは、国民生活にとってある不幸な現象がみられるとき(たとえば失業者の増加、賃金の低下、生活の困窮、企業の倒産)、なぜそうなるのかという問題意識を抱き続けることである。しかるにとかく学問の牙城に閉じこもりがちな「経済学者」たちは、概して理論の形式的な整合性にこだわり、こういう切実な問題意識に対して冷ややかな態度しか示さない。

 もちろん、経済のことを考えるのに、ある程度の基礎知識は必要でしょう。しかし、それは経済「」を学ばなくても、日ごろから上記のような問題意識を手放さず、世界情勢、国内情勢の生きた動きに絶えずアンテナを張っていれば、自然に身についてきます。
 次に、自分の常識的な感覚(ただしマスメディアにマインドコントロールされていないかぎりでの)に照らして、この人の言説は信頼がおけると感じられる言論人を何人か見つけることです。その人たちの発言になるべく多く接していると、経済学上の語彙・概念がわかってきますし、同時に、その使い方を見ていれば、ある理論(たとえばトリクルダウン理論)が正しいか間違っているかも読めます。その人たちがたとえ少数派であろうと所属する世界で孤立しているように見えようと、そんなことは関係ありません。書物に関しては、そうした優れた洞察力を持つ人のものを何冊か読めば十分でしょう。
 要するに、「勉強」というときに、「学問」的に権威とされている人の説を盲信しないことです。これはどんな勉強についても言えますが、特に経済に関しては顕著に当てはまります。たとえば東京大学教授の経済学者(私はここで三人の名前を思い浮かべています)だからといって、正しい説と指針を示しているかといえば、まったく反対で、いずれも新自由主義者であり、財政均衡主義者です。
 ちなみに、政権与党の党首・有力政治家だけでなく、いまの野党で日本の経済危機の本質をきちんと理解している政治家は全然見当たりません。安倍政権の最大の弱点を突く政党が存在しないことを見てもそれがわかるでしょう。
 マルクスは、経済社会の構成と運動を下部構造ととらえ、政治、宗教、芸術などの観念様式は、それによって大きく規定される上部構造だとして、社会をよりよくするには前者の解明こそが重要なのだと説きました。社会主義国家の崩壊とともに、マルクスの思想的な業績は忘れられたかに見えますが、彼のこの指摘は、依然として正鵠を射ています。
 現代日本の政治家たちは、経済について真剣に考えることの重要性を忘れ、上部構造的な問題にばかり主力を注いでいます。頭でっかちになっているのですね。

 いかがでしょうか。
 本稿で訴えたかったのは、次のことです。
「経済は難しいから、自分は苦手だから、踏み込むのは遠慮しておく」という多くの人が抱いている感覚が、じつは間違った「経済学」をのさばらせる温床なのだということ。そういう遠慮をひとまず捨て去り、上に述べたような仕方で少し勉強してみると、意外とだれでもマクロ経済の動きが見えてきて、ある理論や政策のおかしさが判断できるようになるのだということ。国民の利益や福祉に少しも資することのないこうした理論や政策をきっぱりと拒否できるような人が、少しでも増えてほしいということ、以上です。
 私のような経済音痴だった人間が、まさに発展途上のいま、実感を込めて言っているのですから、これは確かです。どうぞ、これまで経済問題を考えることを敬遠していた人たち、今日からでも「経済学」ではなく、現実経済の勉強を始めてください!
 まずは手始めに、三橋氏だけではなくいろいろな人が執筆されているメルマガ「三橋経済新聞」の会員(無料)になり、これを毎日欠かさず読まれることをお勧めいたします。

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西部邁

小浜逸郎

小浜逸郎

投稿者プロフィール

1947年横浜市生まれ。批評家、国士舘大学客員教授。思想、哲学など幅広く批評活動を展開。著書に『新訳・歎異抄』(PHP研究所)『日本の七大思想家』(幻冬舎)他。ジャズが好きです。

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コメント

    • kobuna
    • 2015年 5月 28日

    何をどう勘違いしてそんなふうになっているのやら。

    新自由主義は、単に「競争や効率の追求がよい、」という話ではありませんよ。
    新自由主義者と呼ばれる人達が注目したのは、「政府が経済に関わるのはまずい、」という事だったのですから。

    考え方の話をしましょう。

    かりにある地域で敬老パスを交付したとする。
    その後、
    「老人だけが異様に優遇されている。」
    「他の自治体と比べて異様に借金が増えた。」
    こういった事に対する不満や不安から敬老パスの見直しをする事になったとしましょう。
    ただ、そんな時に老人達は「今まで優遇され過ぎていたのだし、いいよ、」とは言わないものです。
    その代わりに、自分達の利益を脅かす政治家の悪口を言ったりする。
    また、優遇されている老人がさらに優遇される、という事もありえるでしょうけど、老人達は相当に優遇された後でも自分達の利益を脅かす者に反発するでしょう。

    公共事業や公務員にしてもそうです。
    「公共事業が多すぎる。」
    「公務員の給料は多すぎる。」
    こういった声があって見直しをする事になっても、いったん増やしたものを減らすのは困難です。
    また、多すぎたものがさらに増える、という事もありえます。
    例えば、地震の予知は出来ないと言っている学者もいるのに、「南海トラフ地震が必ず来ます、」と言う学者もいる。
    それから、納税者の思いがどうであれ「海外よりも少ない、」という理屈からさらに公務員の給料を増やせると思っている人達がいる。

    声の大きな人が勝って蛇口が開き、後で蛇口を閉めることもできず、それどころかもっと蛇口が開く、そんな事をやっていれば世の中はおかしくなります。
    それに、生活保護が良い例ですが、役人が出すお金には、善良な日本人を韓国人に変えてしまう様な毒がある。

    そしてその解決策はいまだ不明で、だから金融政策を勧める人がいたり、小さな政府を勧める人がいるんです。
    新自由主義から問題探しをするのもいいでしょう。
    ただ、問題探しが出来るという点においては、三橋さんや中野さんの話も同じなんです。

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  1. 2014-10-20

    主流派経済学と「不都合な現実」

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