『永遠のゼロ』を私はこう見る

主人公・宮部は、記号的“登場人物”ではないーそのいくつもの“顔”ー

 その止揚・克服に成功しているという印象を与えるのに最も大きく寄与しているのが、主人公・宮部のキャラクター造型です。
原作では、宮部久蔵のキャラクターは概略次のように造型されています。

:海軍の一飛曹(下士官)。のちに少尉に昇進。これは飛行機乗りとして叩き上げられたことを意味する。

:すらりとした青年で、部下にも「ですます」調の丁寧な言葉を使い、優しく、面倒見がよい。少年時代、棋士をめざそうかと思ったほど囲碁が強い。

:パイロットとしての腕は抜群だが、仲間内では「臆病者」とうわさされている。その理由は、機体の整備点検状態に異常なほど過敏に神経を使うこと、飛行中絶えず後ろを気遣うこと、帰ってきた時に、機体にほとんど傷跡が見られないので、本当に闘ったのか疑問の余地があること、など。

:「絶対に生き残らなくてはだめだ」とふだんから平気で口にしており、戦陣訓の「生きて虜囚の辱めを受けず」とは正反対の思想の持ち主である。ガダルカナル戦の無謀な作戦が上官から指示された時には、こんな作戦は無理だと思わず異議を唱えたため、こっぴどく殴られる。

:奥さんと生れたばかりの子どもの写真をいつも携行しており、一部の「猛者」連中からは軟弱者として軽蔑と失笑を買っている。しかしいっぽう彼は、ラバウルの森に深夜ひとりで入り込み、重い銃火器を持ち上げたり枝から逆さにぶら下がったりして、超人的な肉体鍛錬に励んでいる。部下の井崎が歩み寄って鍛錬の辛さを問うと、彼に家族の写真を見せて、「辛い、もう辞めよう、そう思った時、これを見るのです。これを見ると、勇気が湧いてきます」と答える。

:撃墜した米機からパラシュートで降下するパイロットを追撃し、武士の情けをわきまえないふるまいとして周囲の顰蹙を買う。これに対して、自分たちは戦争をしているのであり、敵の有能なパイロットを殺すことこそが大事で、それをしなければ自分たちがやられると答える。真珠湾攻撃が成功した時にも、空母と油田を爆撃しなかったことを批判する。

:一度だけ宮部は部下を殴ったことがある。それは撃墜されて死んだ米パイロットの胸元から若い女性のヌード写真が出てきたときのこと。部下たちが興奮し、次々に手渡して弄んだ後、宮部がそれを米兵の胸元に戻すと、ひとりの兵が彼の制止も聞かずもう一度取り出そうとしたからである。その写真の裏には、「愛する夫へ」と書かれていた。「できたら、一緒に葬ってやりたい」と彼は言う。

:内地で特攻隊要員養成の教官を務めている時期、やたらと「不可」ばかりつける。戦局は敗色濃厚で、厳しい実践教育をくぐり抜けた生徒(学徒動員された士官たち)に合格点を与えれば与えるほど、優秀な人材を死地に送ることに加担せざるを得ないからである。こうして、彼の苦悩と葛藤は深まってゆく。

:急降下訓練中に失敗して機を炎上させ自らも命を落とした生徒を、上官が、「訓練で命を落とすような奴は軍人の風上にもおけない。貴重な飛行機をつぶすとは何事か!」と非難したのに対して、ひとり敢然と「彼は立派な男でした」と異議を唱え、上官に叩きのめされる。生徒の名誉を守ったこの発言によって、彼は生徒たちから深く尊敬されるようになる。

:大石は体当たりで宮部を助けた時、敵の銃弾を受けて重傷を負う。宮部は命拾いをしたことに感謝しつつも、いっぽうでは大石の無謀さをなじる。

映画では原作にあった、のパラシュート追撃部分との部分がカットされていますが、これは少々残念です。というのは、この両場面には、宮部が、戦場においてあくまでも冷徹な戦士であることが象徴されていると同時に、他方では、死者に等しく畏敬の念を持ち、人情を深く理解する人格の持ち主でもあることが表されているからです。

→ 次ページ「宮部は異なる価値観が自己の中で強烈にせめぎあう中、全てを一切捨てなかった」を読む

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西部邁

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コメント

  1. 私の過去記事について、言及されております。
    私のような素人に、小浜氏のような一流の批評家が丁寧に応えてくださるというのは、望外の喜びです。

    小浜氏は、〈木下氏は、藤井氏の『永遠の0』批判に対して言論人が公式に論じることを求めていますが、ここではそれはしません〉と述べておられます。

    ですが記事には、〈私も木下氏の藤井批判にほとんど賛成ですが〉とか、〈例のエッセイは、慣れないことに手を出してつい軽薄なことを言ってしまった「ミステイク」であるとみなします〉と記載があります。その記載内容で、私には十分です。

    『永遠の0』に対する考察も、素晴らしいです。
    もっと読み込んでみて、何か論じられそうでしたら私も記事を投稿してみようと思います。

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