潜在成長率をめぐる大いなる誤解
平成26年10月末に日銀は追加の金融緩和策を発表しました。しかし、それはインフレ率を高めるための政策であり、景気浮揚を意図したものではありませんでした。同年4月以降、黒田東彦日銀総裁は、日本経済の需給ギャップはほぼゼロであるとの認識を繰り返し示していたからです(黒田総裁は需給ギャップという言葉を使うのでそれに倣いました)。黒田総裁の論拠は平均概念の潜在GDPを用いた日銀モデルにありますから、現況は現実GDPが潜在GDPへ収斂しつつあることをモデルが示しているのでしょう。
最近、この現実GDPと潜在GDPの接近の原因として「成長の天井が低くなったためである」との見解をしばしば聞くようになりました。そうした論者たちは、現行の潜在成長率(潜在GDP成長率)が1%以下(日銀試算で0.5%、内閣府試算で0.7%)であり、80年代以降一貫して低下傾向にあることを懸念していると思われます。さらに彼等は「潜在成長率を高めるためには生産性の向上が必要である」、それゆえ「成長戦略(構造改革)の推進をせねばならない」という方向に議論を持ってゆく傾向にあります。成長戦略しか日本の生きる道はないと考える大多数の経済学者も同じような思考パターンでしょう。
しかし、この見解は完全に誤っています。そのことを簡単に論証しておきましょう。最大概念の潜在GDPを決定するものは、労働、資本、生産技術といった供給要因であることは既に述べました。それゆえ最大概念の潜在成長率を引き上げるためには、労働力人口の増加、資本蓄積および技術進歩以外あり得ません。ここまでは自明です。
次に平均概念の潜在GDPを決めるものは何でしょう。ほとんどの経済学者やエコノミストは、最大概念と同じように供給要因だと考えています。そこが間違っているのです。実は、平均概念の潜在GDPを決めているのは、現実GDPの決定要因と同様に総需要なのです。正確には過去平均の総需要の水準なのです。
定義より平均概念の潜在GDPは、諸資源の過去平均の投入量と技術水準によって決定されることになっています。それでは過去平均の諸資源の投入量は何によって決まったのでしょうか。それは過去の各時点における「現実GDP」を生産するために投入された量の平均値です。各時点の現実GDPは言うまでもなく各時点の総需要水準によって決定されてきたものです。各時点で、需要があるから生産されたのです。そう考えれば、平均概念の潜在GDPが過去の平均的な総需要水準に依存したものであることが理解されると思います。
ただし、疑問がひとつ残るかもしれません。技術進歩による生産増加分はまさしく供給要因によるものではないのかと。過去の技術進歩の貢献分がある以上、潜在GDPが平均的な総需要水準に依存すると言い切れないのではないかという指摘は一見尤もなものです。それゆえ、その疑問にも答える必要があるでしょう。
技術進歩を企業レベルで捉えることは可能ですが、産業レベルやマクロレベルで数値として「何パーセント技術が進歩した」と認識することは困難です。マクロ的な技術進歩は生産性の向上として捉えられ、「全要素生産性(TFP)」と呼ばれますが、それを事前に計測することは不可能です。そのため、TFPは現実GDPが計算された後、諸資源の投入量による生産貢献分をそこから差し引いて事後的に算出されます(ソロー残差といいます)。すなわち、「現実GDP=諸資源の投入による貢献分+TFPの貢献分」となります。この式の因果関係は左辺から右辺への配分式です。一定の大きさのパイを切り分けるという式です。したがって現実GDPを決めるものが総需要である以上、技術進歩による貢献分もそれに含まれることになるのです。
潜在成長率のパラドックス
潜在成長率を引き上げるためには供給側に働きかける成長戦略なり構造改革が必要だとする論理は、最大概念の潜在GDPを前提として初めて成り立つものです。しかし、日本では内閣府も日銀も平均概念の潜在GDPを使っておりますので、その見解は成り立ちません。最大概念と平均概念が一致するのは、過去の経済状況が平均的に完全雇用状態であった場合のみです。それは経済過程が常に長期均衡状態にあると考える主流派経済学の想定ですが、現実の経済過程はそうなってはおりません。
平均概念の潜在成長率の低下傾向は、供給要因によるものではなく、現実GDP成長率の低迷の結果なのです。すなわち総需要不足によって長らく景気が低迷し、諸資源がだぶついた状態が継続してきた結果なのです。その点を見誤ってはなりません。成長の天井が下がってきたのは、「失われた20年」といわれる供給側の経済学に軸足を置いた政策運営をしてきた結果なのです。政策が天井を引き下げたのです。
主流派経済学者が声を揃えて唱える「潜在成長率を引き上げるために成長戦略および構造改革の実施を」というスローガンは全くの誤りです。なぜなら彼等が唱える法人税減税、労働規制の緩和、外国人労働者の受け入れ、TPP締結、発送電分離等の新自由主義的政策はすべてデフレ政策だからです。勤労者の実質賃金の引き下げによって供給能力を増加させたとしても、内需が低迷している状況では、それはデフレ圧力にしかならないのです。1997年以降、実質賃金指数(現金給与総額÷CPI)は現在に至るまで下降トレンドにあります。97年の実質賃金を100とした場合、現在はその水準の9割弱です。そうした実質賃金デフレが継続している中で、新自由主義的政策によってさらに実質賃金が低下すれば、総需要不足から景気が悪化する(現実GDPが低迷する)のは明白です。
このことを端的に示しているのが、小泉構造改革です。2001年から5年間続いた構造改革路線は、「小さな政府論」に基づき官需を縮小させ、郵政民営化をはじめとする規制緩和を実行しました。まさにデフレ政策です。この供給側に働きかけるとする諸政策によって潜在成長率は上昇したのでしょうか。逆です。下がり続けています。成長戦略を推進する人達は、「成果が出るには時間がかかる」とよく言います。しかし、小泉改革から10年以上を経ても、潜在成長率はトレンドとして低下している事実は、経済学者、官僚、エコノミストを問わず認識すべきことでしょう。
「潜在成長率を上昇させるために供給側の増強を図ると、かえって潜在成長率は低下する」ことこそ、平均概念の潜在成長率のパラドックスなのです。
平均概念の潜在成長率を引き上げるためには、現実GDPを成長させることが最も重要なことなのです。そのためには総需要を喚起する政策を採るしかないのです。言うまでもなく、総需要は民需、官需、外需の合計です。個人消費が低迷し、産業空洞化の進行により企業の国内投資への意欲も低く、円安でも外需が伸びない現状では官需に頼らざるを得ません。それも一時的な費消ではなく、将来の成長につながる社会資本整備が有益でしょう。明確な理念に基づき、中長期的な観点から国民生活の安定と安心につながる国家的公共事業が望まれる所以です。
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