「主流派経済学」のいかがわしさ ー 失われた20年の正体(その4)

こんにちは、島倉原です。
今回は、前回(その3:正しい経済理論とは何か)列挙した、失われた20年の原因を巡る諸説のうち、①生産性低下説、②「ゾンビ企業」生存説、について述べてみたいと思います。
これらはいずれも、いわゆる「主流派経済学(新古典派経済学)」の理論をベースに出てきたものです。

「生産性」で全てを説明しようとする主流派経済学

私が日本経済の長期低迷について本格的に調べ始めた約3年前、経済学者の知人が「そのテーマに関して学界で有名な論文」として紹介してくれたのが、”The 1990s in Japan: A Lost Decade”(日本の1990年代:失われた10年)という論文(以下、「林=プレスコット論文」)でした(オリジナルは2000年に発表され、2002年にReview of Economic Dynamicsに掲載)。

これは、林文夫(当時東京大学教授、現在一橋大学教授)という日本の経済学者と、エドワード・プレスコット(当時ミネソタ大学教授、現在アリゾナ州立大学教授)というアメリカの経済学者の共同論文で、以下のような内容です(プレスコット氏は「リアル・ビジネス・サイクル理論」という、新古典派ベースの主流派経済学の中でも最先端とされている理論の創始者として、2004年にノーベル経済学賞を受賞しています)。

「日本の失われた10年の原因は、財政による景気刺激の不十分さ、流動性の罠(金融緩和が景気刺激に効かない状態)、バブル期の過剰投資の反動、といったものではない。これらは(短期的な)景気後退を説明するものであって、今回の長期にわたる経済不振を説明する理由としては不適当である。
また、企業の設備投資のための資金調達が阻害されている訳でもないため、金融システムの崩壊も原因ではない。
真の原因は生産性の伸び率の低下と、1988年の労働基準法改正を背景とした労働時間の減少で、特に重要なのが前者である。これらは新古典派経済学の経済成長理論で説明できる。
問題解決のためには、生産性を取り戻すためにどのような政策変更(構造改革)をすべきかを追究すべきである。」
(林=プレスコット論文より筆者要約)

ここでいう「新古典派経済学の経済成長理論」にはいくつかの類型があるのですが、基本的には「国内総生産」というGDPの定義そのものに着目して、

実質経済成長率=生産要素の実質増加率+技術進歩率
実質GDP=実質生産要素×技術水準

という具合に、経済成長の要因を「生産要素(生産設備と人々の労働力の組合せ)」と「技術進歩」に分解し、両者の掛け合わせによってGDPの水準が決定される、とする理論です(実務上は、GDPを生産資本で割って得た数値を「全要素生産性」と定義し、これを「技術水準」に相当するものと位置付けます)。

そして、「日本経済の長期低迷とは、上記『全要素生産性』の伸び率、すなわち生産技術の向上率等が鈍化したことが主な原因であることが、理論的にも、実証的にも確認できる」という林=プレスコット論文の結論はある意味単純明快で、「最先端理論」の生みの親であるノーベル賞級学者が執筆者の1人だったこともあり、それ以前からあった「構造改革論」を後押し、あるいはそれを否定しづらい空気を作るのに少なからず影響を与えています。

なお、要点の最終段落にもある通り、林=プレスコット論文では「生産性の伸び率が低下した原因」自体は特定されていません(「非効率な企業や衰退産業を支援している政策の結果ではないか。そのような政策は生産性向上のための投資意欲を削いでしまう」という推測はしています)。

そして、同じく新古典派成長理論に基づき書かれているのが、星岳雄(スタンフォード大学教授)/アニル・K・カシャップ(シカゴ大学教授)著「<何が日本の経済成長を止めたのか 再生への処方箋」(日本経済新聞社、2013年)という本(以下、「星=カシャップ本」)です。

同書は、日本の民間政策シンクタンクである総合研究開発機構(NIRA)から委託された2つの調査研究論文(2011年と2012年に発表)が基になっており、日本経済の成長が鈍化した原因として、①ゾンビ企業(生産性や収益性が低く本来市場から退出すべきであるにもかかわらず、債権者や政府からの支援により事業を継続している企業)の存続、②厳しい政府規制、③マクロ経済政策の失敗(不良債権問題への対応の遅れ、「無駄な財政支出」も含めた財政再建への不十分な取り組み、日銀の不十分な金融緩和)、の3つを挙げつつ、いわゆる「小泉改革路線」を徹底すべきであると結論付けています。

→ 次ページ:「林=プレスコット論文に対する違和感」を読む

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西部邁

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