危ういデフレ脱却期待 −その虚ろな実情−

インターネット動画「チャンネルAjer」の収録を行いました。
今回は「危ういデフレ脱却期待」というタイトルで、全体で約30分のプレゼンテーションです。

動画:『危ういデフレ脱却期待①』島倉原 AJER2014.3.28(3) – YouTube

2013年後半以降、消費者物価指数の伸びが前年比でプラスに転じ、「家計のデフレ予想は着実に解消しつつあると判断できる。企業のデフレ予想の改善にも広がり(内閣府:日本経済2013-2014)」「消費者物価指数は、当面、緩やかな上昇傾向で推移すると見込まれる(内閣府:月例経済報告2014年3月)」といった政府見解が相次いでいます。
また、リフレ派の経済学者である高橋洋一氏などは、金融市場における期待インフレ率を示すとされる「ブレイク・イーブン・インフレ率(=通常の利付国債の利回り-物価連動国債の利回り。以下「BEI」)」が日銀の物価上昇率目標である2%にほぼ達している(論稿が公表された2013年11月15日時点で、残存期間5年の国債で計算したBEI5年物が1.7%程度)ことを受けて、「アベノミクスの金融緩和策は現時点でもほぼ成功と言えるだろう」と述べています(ブレイク・イーブン・インフレ率については、上記「日本経済2013-2014」でも言及されています)。

アベノミクス1年で大きな成果 期待インフレ率2%達成確実(by 高橋洋一氏、2013年11月15日)

こうした見通しが楽天的に過ぎ、むしろデフレ脱却期待は剥げ落ちつつあるのではないか、というのが今回の要旨です。
なお、金融緩和によってインフレ期待を引き起こそうという、いわゆる「インフレターゲット論」の理論的・実証的問題点については、別途「根拠に乏しいインフレターゲット論」という記事を執筆しておりますので、そちらもご参照ください。

以下はプレゼンテーションの概要です。

金融市場の中期的な期待インフレ率はむしろ低下している?

物価連動国債とは「元金や利息の支払額が、発行時から支払い時までの物価の変動に応じて増減する国債」です。
例えば、表面利率2%・満期1年の物価連動国債を発行時に100万円分購入し、1年後の物価上昇率が5%だとすると、

元金償還額:100万円×1.05=105万円
利息収入:100万円×2%×1.05=2万1千円
(利払いは通常半年に1回ですが、ここでは年1回とします)

となります。なお、物価上昇率は全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数。以下「CPI」)を使って計算されます。
そして、このような物価変動の影響を受けない通常の利付国債の利回りから、償還までの残存期間がほぼ同一の物価連動国債の利回りを差し引いたのがBEIです。
確かに高橋氏が指摘する通り、BEIは一昨年の衆院解散・総選挙以降上昇トレンドにあります(図1は物価連動国債の商品設計を説明している財務省ホームページから転載したものです)。

【図1:BEIの推移(財務省ホームページより転載、2014年2月末時点)】

shimakura1

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西部邁

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コメント

    • smd
    • 2014年 3月 31日

    現在の5年物のBEIが2%を優に越えているのに数値例で1%にする意味がわかりません。消費税の年割りも1%と被るので架空のわかりやすい例としても不適でしょう。

    さらに三点、問題があります。

    1. 8%までの消費税引き上げが織り込まれていても10%まで織り込まれているとは限らない。
    実際、8%が織り込まれ出したのは消費税引き上げの話題が出た後ではなくもっと確実になってからです。

    2. 水準よりも推移が大切。
    BEIが上がっていればそれだけかつてより実質金利や実質賃金が、名目値の調整障害要因から逃れられるようになったということです。BEIは、単なる期待インフレに対する市場の評価であるとともに、市場や、市場を通じた実体経済に対して影響力を持つものだという点が重要です。

    3. 旧物価連動国債と新発物価連動国債とでは市場の流動性などのプレミアが違いすぎる。
    ずっと発行が止められていたことや、フロアの付け方など中身が変わっていることなどもあり、10年物と5年物とを使って6-10年の期待インフレを出すのは相当に信頼性に欠ける行為となります。

    記事にあって信頼性に足る分析は4年先1年のBEIだけではないでしょうか。それが1%というところまで引き上げられた後は、安定した推移を続けている、そういった評価以上のものを引き出すのは無理があるように見えます。

    • コメントありがとうございます。
      参考例は「BEIがプラスであっても実態として意味のある期待インフレ率がゼロになることもある」ということを数字で示したまでです。
      従って、

      1.言葉足らずだったかもしれませんが、本稿は「消費税が10%まで上がることが期待として織り込まれている」ことを主張しようとするものではありません。BEIについては「増税の影響を除いた(=増税の度合いに関わらず)中期的な期待がどうなっているか」が主眼であり、分析の焦点もそこにあることはご理解いただけると思います。

      2.「水準より推移が大切」と指摘され、なおかつ「4年先1年のBEIだけは信頼に足る」とされるのであれば、4年先1年のBEIが昨年5月以降頭打ちで推移していることをどう評価されるのでしょうか。まさか、消費税増税の影響を受けている5年物BEIが右肩上がりであればそれで良し、という訳でもないでしょう。

      3.記事の中でも述べているように、ご指摘のフロアの付け方の変更は、6-10年のBEIを実態よりも高めに出す方向に働いています。
      従って、BEIがデフレ脱却期待の改善を示していることに疑義を唱えている私が論拠として用いることに、特段問題は無いと思います(いわば、相手の有利な土俵で結果を残している訳ですから)。

      そもそも本稿でより重要なのは、最終節で述べた「経済回復のシグナルとしてのインフレ期待上昇に伴うはずの、家計の収入改善が実現していない以上、現状のインフレ期待上昇はポジティブに評価できない」という点にあり、BEIについての議論は、それを確認・補強するためのものに過ぎません。
      インフレターゲット論の信ぴょう性やそれに基づく金融政策に対する評価も、そういった本質的な部分を押さえた上で行うべきではないでしょうか。

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