思想遊戯(9)- パンドラ考(Ⅳ) 高木千里からの視点
- 2016/8/22
- 小説, 思想
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第二項
それから、どうやら私は一葉になつかれたらしい。
一葉は、相変わらず授業中に授業と関係のない本を読んで、テストはそれなりの点を取っていた。クラスメイトや先生方も、一葉についてはそういう困った人物だという感じで、適当な距離を取ってあまり触れないようにしていた。
だから、一葉とそれなりに近い距離にいたのは、私が知る限りでは私だけだったと思う。一葉は学校が終わると、さっさと帰っていったので、学校外の彼女の生活はほとんど知らない。彼女はある意味で孤立していたけれど、そのたたずまいに悲壮な感じはなかった。だから、学校外での生活は充実していたのだと思う。私の勝手な想像でしかないけれど。
いつしか、一葉は私のことを“ちーちゃん”と呼ぶようになった。正直、恥ずかしいので止めてほしい。私は、一葉のことを名前で呼ぶようにした。さすがに“かずちゃん”と呼ぶのは恥ずかしすぎる。“ちーちゃん”・“かずちゃん”と呼び合う仲というのは、さすがに勘弁してほしい・・・。私は姉御肌とか言われたりもするが、一応は優等生ぶってもいるのだ。
私はそれなりに交友関係も広いし、楽しく高校生活を過ごせたと思う。そのときどきに、一葉との思い出が点在している。それは、きっと素敵なことだったのだと素直に思う。正直なところ、私には一葉の言っていることが半分も分かってはいなかった。学校のテストでは、私の方が一葉より上だったけれど。
一葉という人物に身近に接したおかげで、私は学業面での知識とはまったく別の知性があるということを人生の早い段階で理解できた。このことは、やっぱり得がたい経験だったと思う。
一葉「ねえ、ちーちゃん?」
千里「なに・・・?」
ある日の昼休み、一葉と私は外でお弁当を食べていた。
一葉「ちーちゃんは、頭が良いねぇ・・・。」
千里「何言ってんの? 一葉の方がずっとかしこいじゃん。」
一葉「ちーちゃんは、将来は何になるのかな?」
そのとき私の頭の中には、一つの理想の未来が浮かんだのだけれど、それを素直に言うわけがない。
千里「まずは大学で留学したいな。それで、海外をまわってみて見聞を広めて、そのまま気に入った国で働くとかいいかもね。」
一葉「それは素敵だね。」
千里「そういう一葉は、どうしたいのよ?」
一葉「私は、本を書きたいな。」
千里「それって、作家ってこと?」
一葉「ううん。作家は無理だと思う。でも、本を書きたいな。」
千里「アマチュアってこと? でも一葉はいつもたくさんの本を読んでるでしょ? 作家にだってなれると私は思うよ。」
一葉「ううん・・・。プロとかアマチュアとかに関係なく、本を書きたいの。書きたい本を、ただ書きたい・・・。」
一葉「何それ? どんな本なの?」
千里「どんな本だろうね・・・。そうだなぁ・・・、この世界について書かれた本がいいね。」
私には、一葉の言いたいことがいまいち分からなかった。
千里「何の分野の本? 物理? 数学? 政治? 歴史?」
一葉「例えば、ちーちゃんが海外をまわって、いろいろなことを経験するとするでしょ?」
千里「うん・・・。」
一葉「それで、その経験を基にして本を書けば、それは、この世界について書かれた本だよ。」
そう言って、一葉は私を見るのだ。
私は分かったような、分からないような、不思議な気分になる。一葉と話していると、こんな不思議な気分になることがよくあるのだ。一葉は、きっと私とは違うものを見て、違うことを考えている。そう思うと、私は少しだけ悲しくなった。少しだけだけど・・・。
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