常識論における悪意なき害悪

常識と生活

 常識について、日常生活という観点からも考えてみましょう。常識の内容の正統性は、日常生活という次元で吟味することができるからです。
 なぜなら、主義は必ずしも安全や安定を志向するとは限りませんが、多数派工作という観点からすると、安全や安定は主義の浸透性にとって非常に有力な要因だと見なせるからです。この見方は、大多数の人間は安全や安定を志向するだろうという推測に根拠を置いています。
 その根拠から、安全や安定という観点から、常識の選択が行われがちだと考えることができます。さらにそこから、個人レベルでの常識の利用の問題が出てきます。常識は、誰もが身につけるべきものではありますが、その外に立って、その利用をたくらむことが可能だからです。これは恐るべき考えですが、思想的には面白いテーマでもあります。

常識の利用

 常識は、共同体の多数派に肯定されていることによって成り立つものです。その性質上、そこには常識の枠内にいる多数派と、枠外の少数派の対立が隠されていることになります。その潜在的な対立が顕在化したとき、共同体の存続は危機に見舞われます。
 ちなみに、共同体の全メンバーによって肯定されていることは、常識として意識はされなくなります。例えば、きちんと挨拶することは常識として語られますが、呼吸をすることは常識として語られることはないはずです。そのため常識として語られていることは、常識外のメンバーの存在を想定してしまっていることになります。
 共同体のメンバーは、基本的に常識を利用しています。ただし、その利用方法には差があります。常識の枠内にいる者は、常識を振りかざすことで自身の利益を追究します。常識の枠外にいる者は、多数派の常識に対し何らかの対応を迫られます。

常識への対策

 常識外にいることを自覚している者は、多数派の常識について対策が必要になります。その内容は多岐に渡りますので、ここでは大雑把に次の三つの場合を想定して論じてみます。

①常識の変革(革命)
②常識の変更(改善)
③常識への編入(努力)

 まず①については、既存の常識の否定になります。既存の常識が間違っているという考えから、正しい新しい常識への変革を志向します。それゆえ、社会の革命を目指す運動につながります。
 次の②は、既存の常識枠組みの変更を目指します。枠組みそのものを変えることで、枠外に置かれた自身を、枠内へと誘導することを意図します。慣例の廃止、新たな規則の導入、福祉の充実など、社会の改善を提案することで目的を達成しようとします。
 最後の③は、常識枠組みの外から中への移動を目指します。既存の常識が正しいことを理解しながら、自分はそこに居ないことも理解しているが故に、その常識へ向かおうとする営みです。その努力の種類は、怠け癖の克復、規則の習慣化、常識の論理的検討などさまざまです。

挨拶という常識

 話が抽象的すぎるかもしれないので、具体的な例を出して説明しましょう。きちんと挨拶をするという常識で考えてみましょう。
 親の教育がしっかりしていて、きちんと挨拶ができる人間がいます。そのようなタイプの人は、きちんと挨拶をし、挨拶をしない人を非常識だとなじったりします。まさしく、常識の枠内にいて、その常識を利用することで利益を得ている典型になります。
 逆の極端な例を出せば、挨拶そのものが必要ないと主張し出す人がいるかもしれません。そこまでいかなくても、挨拶の仕方を変えようと提案する人はいるでしょう。音声の有無、握手の有無、会釈の有無など、その変更方法も数多く提案することができます。
 挨拶は苦手だけど、頑張ってきちんと挨拶できるように努力する人もいるでしょう。そもそも、挨拶は何のために必要なのか考え込んでしまう人もいるでしょう。
 挨拶という常識について少し考えただけでも、異なるいくつもの反応を想定することができるのです。

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西部邁

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