日本に学べの時代がまたすぐ来る

幸福な国、日本

 その三、ユダヤの歴史とコーヘン氏
 イスラエルの駐日大使コーヘン氏と話をした時、こう言った。
「私はコーヘン氏を三人知っている。一人はB29による戦略爆撃調査団のレポートを書いた人で、戦中・戦後の日本経済について私は聖書……いや失礼、コーランのように読んだ。二人目はあなただ」

 すると大使は、「コーヘンはユダヤ人にはたくさんいる。アブラハムからの系図が辿れる人で、聖職者や学者に多い。こんなに古くから血筋を辿れるのは、コーヘンと日本の天皇だけだ」というので、私は驚いて大いに尊敬した。

 グローバリズムを一番熱心に唱えているのはユダヤ人で、一番理解しているつもりなのは日本人だと思うので、それを駆け足で書いて終わりにしよう。

 まず、歴史は長ければよいというものではない。その何千年かの間に何があったかと、それをいまに引き継いでいるかが重要である。

 浅学な私の浅慮短見を述べると、まずユダヤ人はエジプトを脱出してイスラエルに移住し、原住民を殺して土地を奪って住み着いたが、大陸では次々に異民族が侵入してくる。その時は・戦って勝つか・殺されるか・逃げるか・奴隷になるかだが、ユダヤ人とローマ人の場合は・人頭税を払えばよし、という解決があった。

 ローマはそのための銀貨を発行して、それを定期的に納入すれば執行を猶予していた。

 銀貨の名称はデナリで、新約聖書にはユダヤ人がキリストに納税拒否運動のリーダーになってほしいという意味の質問をする場面がある。

 救世主とは、納税義務が消える世のことだったのかもしれない。

 だからユダヤ人のことを「カネに執着心が強い」などと言ってはいけない。生命とカネが直結すれば、誰しも当然のことである。

 また、ユダヤ人はいろいろ頑張るので、居住地からの退去と分散を強制された。ディアスポラというが、武力を持たない住民は、行く先々で最下層にされて当然である。

 まずは、移住先では主力産業への参入を拒否された。農業も牧畜も禁止とあれば、残るは旅芸人か、アラブ語の文献に関する学者しかない。それからキリスト教は信者間の利息徴収を禁止していたので、金融業という分野があった。

 となるとユダヤ人は、勤勉で聡明になるか、さらにどこかへ移住するか、棄教するか、または死ぬかどうかの境遇を二千年間、過ごしてきたのである。

 したがって、その人たちが国家なき世界への道程として、国境を超えるグローバル・スタンダードの存在を求めるのは当然のことである。

 しかし日本人は違う。日本国民はニッポン・スタンダードを武力で強制されたことはない(それだけの国力がある)。したがって外国との関係は、ニッポン・スタンダードとの優劣を各国がそれぞれに自由に比較して採用すればよいことである。

 日本はこれだけでも幸福な国だがまだその上があって、どうやらこのところ、ニッポン・スタンダードを採用する国が増えている。

 あとは日本を論理的に説明すること、自主防衛力を強化すること、そして日本を一層良くする努力をすることである。

グローバリズムの陥穽

 その四、グローバリズムと新渡戸稲造
 そこで、日本を良くするのはグローバリズムか、それともローカリズムかという視点が登場する。これまでグローバリズムはすなわち世界の進歩だから日本も遅れるな、の声が一般的だったが、グローバリズムは日本を幸福にしないだけでなく、世界も幸福にしないのではないかとの疑問が力を得てきた。

 アメリカが説くグローバリズムはアメリカだけが利益を得る考えで、中国が説くグローバリズムは中国だけが世界を支配することではないか、と日本人も考えるようになった。

 大国の本音は単に世界を支配することで、自由・民主・平等・人権などはただのスローガンなのではないか、と気がついた。さらに進んだ人は、国家を操作しているのは国際金融資本だと指摘した。

 たしかに、グローバリズムの名の下で行われる事業にはインチキと腐敗が多すぎる──こんなことなら日本が主宰して、日本人が考えたことを日本のカネでやったほうがよい。その場合、呼びかけ人はもちろん日本である。

 それが日本のためにも世界のためにもよいとの新しい考えが出てきたのは、自然なことのように思える。

 グローバルに対する者はローカルだが、ローカルには辺地とか未発達とか、したがって非合理的とかのイメージがついているが、ホントの意味は地元である。

 第一次世界大戦が終わり、一九二〇年以降に誕生した頃のローカリズムには、当時の新しい名称がついていた。エスノロジーやフォークロアなどで、そうした新思想の淵源には国家を見直す考えがあった。国家は戦争が大好きだからである。

 どうして、第一次世界大戦であそこまで徹底的に殺し合いをしたのかと思った人々は、そこで「どうやら悪いのは国家ではないか」と考えた。そこで大国より小国、文明より文化、国家より民族、歴史より伝承、技術より芸術、都市よりも農村など様々な方向に考えが広がった。

 その方向の一つに西洋否定と東洋評価があって、新しく戦勝国の仲間に入った日本の発言を期待する動きがあった。そこで超国家的組織として新設された国際連盟の事務局次長には、日本人の新渡戸稲造が起用された。

 新渡戸稲造は一高・東大の同級生、柳田國男を呼び寄せて、ドイツの領土を戦勝国が分割するのではなく、現地人が将来独立できるように教化する「委任統治」の制度を考えた。植民地の支配ではなく、独立援助への大転換である。

 その手始めに、柳田はドイツ領だった南洋の島々の風俗・習慣・伝統の調査をして、そこには見事なサスティナブル(持続可能な)システムがあることを見つけて報告した。

 ただし、日本人に任せてよかったとの声がどこからも出なかったのは、日本とヨーロッパの文明の程度が違いすぎたのだといまなら分かる。日本は民族自決と共存共栄の考えを世界に提案し、自らも実行したが、それは百年も時代に先行していた。

 第二次世界大戦のあとにも「日本に学べ」の声は出たが、それはシンガポールやマレーシアに留まった。戦勝国が自分を見直すようになるのは、・ベトナム戦争に敗退し・国内に公民権運動が起こり・一人当たり国民所得で日本に負け・国内の所得格差が広がり・若者がアメリカの価値に疑問を持つという連続パンチを五発も受けてからのことである。

世界の蒙を啓け

 さらに六発目があった。それはサブ・プライムローンの破綻で、国家が自動車会社を救済するという自由資本主義の看板が泣く財政出動である。さらに、アメリカは財政赤字と平和志向の高まりで軍事力を使えないという新しい国になった。が、世界は平和にならないで、中国の台頭が始まった。

 間もなく第一次、第二次世界大戦の終了時に続いて三度目の「日本に学べ」の波がやってくる。

 地球儀外交の成功と日本料理の人気はもう周知の事実だが、それに加えてマクドナルドの失敗にそれを感ずる。グローバリズムは終わって、日本に学べの時代がまた来る。

 歴史は三百年昔に戻って、新しいローカリズムの時代が来る。たとえば、日本は全く新しい東京オリンピックを開催して世界の蒙を啓かねばならぬ。

月刊WiLL2015年4月号この記事は月刊WiLL 2015年4月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ

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西部邁

日下公人

日下公人

投稿者プロフィール

くさかきみんど 1930年、兵庫県生まれ。東京大学経済学部卒業。日本長期信用銀行取締役、(社)ソフト化経済センター理事長を経て東京財団会長を務める。現在、日本財団特別顧問。社会貢献支援財団会長。三谷産業株式会社監査役。日本ラッド株式会社監査役などを務める。著書多数。

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