漫画思想【04】常識の裏側 ―『アホガール』―

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 今回は、ヒロユキ先生の『アホガール』を取り上げます。本作は衝動によって生きるアホな少女「よしこ」と、その幼馴染みで苦労人の「あっくん」が繰り広げるドタバタギャグ漫画です。

笑いを生み出す才能

 まず一般論として言ってしまいますが、アホさ加減を笑いとして提示できるということは、これはもう大変な知性と才能を必要とします。学校の勉強ができるなどという表面的なことではなく、世の中の真理を見抜いて利用するという、極めて深い洞察力がギャグ漫画家には要求されるからです。
 『アホガール』は一見して、よしこのあまりのアホさ加減を笑うだけのマンガに思えます。しかしその実、アホさによって自明視されていた常識の構造が明らかとなっているのです。その構造を利用して、常識の裏側に回り込むことで、笑いが生まれているのです。『アホガール①』には、〈(人間は考える)アホガール〉と書かれていることからも、間違いありません。
つまり、この『アホガール』こそ、世の中の常識の裏側をあぶり出す高度な思想マンガだったんだよ!!

(; ・`д・´) ナ、ナンダッテー !! (`・д´・ (`・д´・;)

常識の構造とその裏側の利用

 では、常識の構造が明らかにされている例として、『アホガール①』「その2」を参照してみましょう。
 よしこの母親は、あっくんと娘をくっつけようとよしこの外見の良さをアピールします。それに対し、あっくんは「人間はサルに恋しませんよね」と笑顔で返しています。そうなのです。人間の外見は極めて重要ですが、外見がすべてではないのです。外見はすべてではない。この真実は一つの希望ですが、なぜかこの漫画を見ると絶望の匂いも漂ってきます・・・。深いですね・・・。
 それならせめて娘を人間並みにしてくれと、母親はあっくんに頼みます。あっくんは何とかすると請け負いますが、ムリな場合の代替案を示します。曰く、「それでもムリなら軽犯罪 犯させて刑務所にぶち込みましょう」と。この冷徹で有効な手段の提示に笑いが生まれるわけですが、ここには思想的に考えてみるべき論点があります。
 普通の人間は刑務所に入れられることが嫌なので、悪いことを我慢したりします。つまり刑務所には、犯罪を防ぐ抑止効果が期待されており、それが社会の治安や常識を構成しているのです。しかし、ここであっくんは、刑務所の別様な使い方を提示しているのです。すなわち、社会的な害悪の増大を阻止するために、刑務所によって犯罪予備軍を隔離するという作戦です。この作戦では、軽犯罪を犯させることが“善いこと”だという視点が混入されています。これはまさしく、常識の裏側を利用した作戦だと言えるでしょう。
 よしこのアホさによって、自明の常識では対処できない事態が起こり、その解決策に常識の裏側の利用が考え出されたということです。このレベルまで思考が深まれば、刑務所という社会的な存在の構造がより深い次元で理解できるはずです。そして、その表側と裏側の両面での利用可能性にまで思考の幅が広がるのです。それを本作は端的に描ききっており、驚嘆するしかありません。

無知の知

 『アホガール②』「その21」には、「アホの知」が出て来ます。
 「アホの知」とは何でしょうか? そうです。あの哲学者ソクラテスが示した「無知の知」と同じ境地なのです。「無知の知」とは、超ざっくり言うと、よく知りもしないことを知っていると思い込んでいる人がいるけど、少なくとも自分は知らないということは知っている、ということです。このマンガが恐ろしいところは、アホなよしこが単独で、何の哲学的教養もなく、「無知の知」と同じ境地へたどりついたことを的確に描写しきっていることです。
よしこの担任のあつこ先生は、よしこのアホさを直そうと文章問題を出します。文章から読み取れる作中の人物の心理状態を問うのです。それに対しよしこは、簡単に人の気持ちが分からないという論理を持ち出すのです。教科書の解答を持ち出すあつこ先生に対し、よしこは言い放つのです。

 私は「わからない」ということは・・・・・・わかっている!!
 人は「わからない」ということを知ってこそ学ぼうとする・・・・・・。
 教科書の答えでわかった気にさせることが、あなたの言う教育なのか――!!

 あつこ先生ズガーンッ、でございます。そこからの、あつこ先生の誠実さがあさっての方向へ突っ走るのも見物ですし、そこでツッコミ役のあっくんの対応も見事です。生徒に実直に向き合う先生の態度が必ずしも良い方向へ向かうとは限らないということ、真実とは別にまた違った観点からの社会的な正しさがあるのだということ、それらをこのマンガは適切に描写しているのです。深いですね。

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西部邁

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