大好きな北軽をさびれさせたのは誰か

 北軽井沢に毎年行きます。今年も数日間行ってきました。滞在地から8キロ離れた浅間山はレベル2の状態が続いており、じっさい黒ずんだ噴煙が少々立ち昇っているのが見えましたが、その種のことをあまり気にしないタチなので、全然不安は感じませんでした。
 それよりもショックだったことがあります。
 避暑客が集まる中央プラザには、スーパー、商店街ビル、喫茶コーナーつきの広々とした自家製パン屋さんなどがあるのですが、全体に閑散としており、駐車場はがら空き、スーパーは照明を落として何だか陰気くさい雰囲気です。
 商店街ビルの中には、かつてこじゃれたレストラン、別荘用の品々を売る雑貨屋、小物グッズを置いた土産物屋、不動産屋、本屋などがあって、数年前までシーズン中はかなりにぎわっていたものです。ところがこれらはすべて閉鎖されており、代わりに、まず客がつきそうもない高級家具が数点置かれたコーナーと、うらぶれた安食堂、露店のようなアクセサリーショップ。そしてかつて本屋があった場所は、おそらく空き別荘で使わなくなった古い家具などをリサイクルのために雑然と集めたと思われる空間に変貌していました。
 ビルの入り口付近に所在無げなお年寄りが二、三人たむろしています。その中の一人が、高級家具の前にふと足を止めた私に向かって「いかがですか」と声をかけ、説明を始めようとしましたが、もちろん買う気も必要もないので、申し訳ないけれどまともに聞かずに立ち去りました。
 一番衝撃を受けたのは、自家製パン屋さんです。ここは、かつて人気があって従業員が何人も活発に働いていたのに、喫茶コーナーはなくなり、その同じ場所にテーブルなどのがらくたが片づけられもせずに山積みされ、従業員は元気のなさそうな中年男性がただ一人。パンの種類もずいぶん貧弱になっていました。
 食パンを一斤半買って、12枚に切ってくださいと言ったら、「そこに包丁があるからセルフでお願いします」とのこと。見るとまな板と包丁の脇に布巾が置いてあって、「一枚切るごとにこの布巾で包丁を拭いてください」と書かれた張り紙があります。しかしその布巾は何だか薄汚れていて、拭けばかえって黴菌まみれになりそう。
だいたい従業員もそのときは手が空いていて暇そうなのに、サービスする気もないらしい。忙しい時のルールをそのまま守っているわけです。ということは、普通の日本人らしく勤勉にサービス精神を発揮する気力が失せているということですね。
 このパン屋さんは私の滞在地のすぐ近くにもう一軒、さる有名飲料メーカーの保養所跡地の見晴らしの良さを利用して、やはり喫茶コーナーつきの支店を出していたのですが、去年までは確かにやっていたのに、今年は潰れていました。
 行き帰りの道路も全体に空いていました。途中通過点に当たる南軽井沢には、アウトレットがあって、つい一、二年前までは車が長蛇の列をなしていましたが、今年はそれもひどくまばらです。このアウトレットができた頃、中に入ってみたことがありますが、そのときは押すな押すなの混雑ぶりだったのに。

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西部邁

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コメント

    • 岡部凜太郎
    • 2015年 8月 19日

    小浜先生、ご無沙汰しています。
    私は軽井沢には行ったことはないのですが、私の地元でも以前からあった大手百貨店が数年前に撤退し、以前は雑居ビルが立ち並んでいた地区も今では駐車場が多くなってしまっています。こういったことは日本全体で起きているのでしょう。以前から地方の衰退は各方面で言われていましたが、自らの生活圏でこのような傾向が顕著になるのは見るに忍びないです。そんな中でも地方主権や道州制などと言った制度が地方活性化の特効薬のように扱われているのを見ると形容し難い感傷に耽ってしまいます。最近は少し下火にはなりましたが、外国人特区と称し、外国人労働者を地方の特区で積極的に受け入れ、地方の人口を増やし、地方活性化を計るなどという計画もありますが、少々、言葉は過激ですが、馬鹿ではないかと呆れてしまいます。地方活性化と称し、パフォーマンス型政策を計画、あるいは実行してきた政治の責任は極めて重いと言わざるを得ません。
    田畑が実り、自然があり、その中で伝統的な共同体が築かれ、文化が生まれ、慣習が継承される、こういった地方の伝統的なリズムをいかに保守するか、あるいは復興するか、現在の地方創生、地方活性化にはこういった視点がすっぽりと抜き落ちてしまっています。そして、やはり、地方の衰退をこれ以上止めるためにはいかに東京一極集中を是正するか、いかに東京の過度な発展を是正するか、この視点も現在の議論では無視されているように感じます。東京都は多くの有権者を擁しますので、東京の過度な発展の是正を面と政治家の方が訴えるのは難しいかもしれませんが、東京一極集中をこれ以上は止めなくして地方創生は実現し得ないでしょう。
    ただ、小浜先生が仰るように新自由主義ではない正しい経済政策を適切に実施しなければ、地方活性化の方策をいくら検討しても海の藻屑と消えてしまいます。この20年の経済と政治の関係性を鑑みて、多くの国民が少しでも「改革」や「破壊」などという言葉に違和感を持ち、ここ20年ほどの政治の在り方が変化していくことを願って止みません。

  1. 岡部凛太郎さんへ

    いつもながら、的確なコメント、ありがとうございます。

    そう言えば、福岡は、たしかに「戦略特区」として指定されていましたね。これは、アベノミクス第三の矢「成長戦略」にもとづくものですが、この第三の矢こそは、第一、第二の効果と逆行する、小泉内閣以来の構造改革、規制緩和路線の継続に当たります。この政策を支えている思想は、ただ一つ、「自由な競争によって経済の活性化を諮る」というものですが、これがアメリカ流の新自由主義に骨の髄まで毒された竹中平蔵氏らの推進する伝統破壊、文化破壊的な路線であることは明らかです。外国人労働者受け入れ(実質的には移民)政策は、労働力の自由競争を招くので、賃金が下がり、庶民の生活はますます苦しくなります。こんなわかりきったことを福岡で「実験」するというのは、頭がおかしいとしか言いようがありませんね。

    地域主権とか道州制などというのも、「自由競争」路線ですが、スタートラインが大都市圏と地方とでは全く違うのに、公平な競争が成立するはずがなく、地域間格差はますます開くばかりでしょう。

    東京一極集中の弊害もおっしゃる通りで、三橋貴明さんや藤井聡さんが口を酸っぱくして言っているように、災害大国日本がいざというとき各地域で助け合えるために、また地域経済の停滞を少しでも解決して地方の産業を活性化させるために、まずは、道路、鉄道をはじめとしたインフラをできるだけ整備しなくてはなりません。

    全国どこへ行っても、インフラの劣化と不活性な雰囲気が気になります。先日も、藤沢周平(私は彼の大ファンなのですが)のふるさとである山形県鶴岡市に行ってきましたが、かつて庄内藩十四万石として栄えたこの伝統的な文化都市の中心街も人影はまばらで、かつて鶴岡銀座と呼ばれた商店街は、やはりシャッター街になっていました。

    この大都市と地方の格差の問題を解決するためには、第二の矢、つまり公共投資に巨額の資金を投ずる必要があります。これは建設国債を発行して日銀に買い取ってもらえば容易にできることなのですが、いまの政府には、まったくその気がないようです。それもこれも、財務省の「国の借金で財政破綻の危機」という大嘘がマスコミを通して国民の間に浸透し、節約本位の緊縮財政路線がまかり通ってしまっているからです。国民が騙されるのはある程度仕方のないことかもしれませんが、政治家が財務省にマインドコントロールされて、真相をまったく理解していないのが一番困ります。

    あなたが以前おっしゃっていたように、本当に幕末維新の頃の「塾」のようなものが必要ですね。優れた人々、志ある人々がこれからの日本国家の行方について自由に議論し合い切磋琢磨しあう空間、そういうものがほしいのですが、関心が多様化している現代ではなかなか条件が厳しく、気運も盛り上がりません。サイバー空間の利点を活かすのが一番いいのかと思いますが、このASREADの常連執筆者や、岡部さんのような若い方たちが、何かその方向で構想していただけるととてもありがたく存じます。

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