平成の将棋ブームを読み説く! ―将棋棋士と「キャラ」

将棋は斜陽産業じゃないゾ!

 パチッ、パチンとはじける、駒の音。

 ああでもない、こうでもない、と外野で勝手に盛り上がるおじさん達。

 この国にはかつて、「縁台将棋」と呼ばれる文化がありました。夕暮れ時に縁台と将棋盤を庭先や路地に出し、ビールを片手に将棋を指す。通行人も巻き込んで、皆でわいわい盛り上がる。将棋は、相撲、野球とともに日本人の娯楽の代名詞とも言える存在でした。

 そんな将棋も「斜陽産業」と言われるようになって久しい。「将棋というのは一部のマニアが楽しむ特殊な趣味」―そう思われています。

 そのような認識は、ただちに改めてください。いまや将棋は日本社会の最先端をいく文化となっているのですから!

 2014年3月から4月にかけ開催された「第3回電王戦」。人間のプロ将棋棋士とコンピューターソフトとが対局するというこの「電王戦」(詳しくは後述)は、普段将棋に関心の無い多くの一般の人々からも注目を集め、テレビ、雑誌などでも特集が組まれるなど、大きな反響を呼びました。

 将棋棋士のメディアでの露出も、最近は特に目立ちます。96年に前人未到の七冠制覇を成し遂げた羽生善治名人はもちろんのこと、今やバラエティー番組に引っ張りだこの加藤一二三九段、本業の傍ら報道番組のキャスターも務める中村太地六段など、テレビで将棋棋士の姿を毎週のように見かけるようになりました。

 2014年3月には国民的人気ゲーム「ポケットモンスター」とタイトル戦の一つ「竜王戦」とがコラボレーションした「ポケモン竜王戦」も開催されるなど、子供達の間でも将棋人気が高まっています。

 このように盛り上がりを見せる、平成の将棋ブーム。その火付け役となったのは、一体何だったのでしょうか。本稿では、約10年前まで遡って、将棋がブームとなるまでの過程を振り返っていきたいと思います。

 え? 将棋のルールなんて全く分からない? 駒の動かし方すら知らない?

 大丈夫です。本稿ではあえて将棋の対局内容には踏み込みません。あくまで現代日本社会において将棋(界)がどのようにして注目を集め、ブームを起こしていったのかに焦点を絞って解説します。

 したがって将棋のルールが全く分からないという方でも問題なく、本稿の内容をご理解いただけるはずです。反対に、将棋の有段者の方は「なんだよ、インターネットの話ばかりで肝心の将棋の内容の話が全く無いじゃないか!」と不満を持たれるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。
 

全てはニコニコ動画から始まった

 2006年、動画共有サイト「ニコニコ動画」がサービスを開始しました。いまさら解説するまでもないでしょうが、ニコニコ動画は、単に動画をアップロードするだけでなく、投稿された動画に対してチャットのようにコメントを書き込むことができるという画期的なシステムでした。

 ニコニコ動画は、一見すると無関係のように思える将棋界にも、次第に影響を及ぼしていきます。将棋関連の動画がニコニコ動画に多数アップロードされるようになったからです。

 さて、いったん話はガラリと変わります。

 皆さんは近年、日常生活において「キャラ」という言葉を聞く機会がとみに増えたのではないでしょうか。「あの人、キャラが立ってるね」だとか「あ、君って今そういうキャラでやってたんだ。へぇ」みたいな。
「キャラ」とは、言うまでもなく「キャラクター」が省略されてできた若者言葉です。「キャラクター」という言葉には本来「物語の登場人物」という意味がありますが、現代日本社会においてはこの「物語」が「小さなコミュニティ(共同体)」と読み替えられ、「コミュニティの中で受容されている人物像」という意味で「キャラ」という言葉が使われるようになりました。

 …と言っても分かりづらいでしょうから、アイドルを例に挙げましょう。アイドルユニットのファンは、劇場公演やブログなどから得られる各々のメンバーの性格、交友関係といった情報から、そのメンバーの「キャラ」設定をネット上のファンコミュニティにて蓄積・共有していくのです。

 え、アイドルと将棋界と、一体何の関係があるのかって? まぁ最後まで話を聞いてくださいな。

 将棋関連の動画がニコニコ動画に多数アップロードされるようになると、そこに映し出された将棋の棋士達の言動にユーザーが熱い眼差しを向けるようになったのです。

 その端的な例が、先程も名前の挙がった、「ひふみん」こと加藤一二三九段でしょう。

 史上最年少、14歳7カ月でプロ入りし、「神武以来の天才」と謳われた加藤九段は、これまでに名人、十段、棋王などのタイトルを経験した、言わずと知れた大棋士です。その一方、「対局中にウヒョーなどの奇声を発する」「対局中に相手の後ろに回り込んで盤を眺める」など、数々の個性的な言動でもまた有名。

 こうした振る舞いは、かつては“奇行”として、どちらかといえばややネガティブに見られてきました。「アマチュアの人が(奇行を)真似すると困るのでマナーに気を付けて欲しい」と苦言を呈されたこともあったようです。

 しかし今日では、こうした振る舞いは「キャラ」を生成するためのネタとして、むしろポジティブに評価されるのです。ニコニコ動画に加藤九段に関連する動画が多数投稿されると、彼の強烈な個性がユーザーの注目を集めるようになりました。やがて「ひふみん」という愛称がネット上のコミュニティにて自然発生し、加藤九段は現役最年長クラスのベテランでありながら、同時に「ひふみん」というキャラとして、若者から絶大な人気を誇る棋士となったのです。

→ 次ページ「『ジャパネット浦野』の持つ意味」を読む

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西部邁

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