マンデル=フレミング・モデルに対する誤解(2)ー 失われた20年の正体(その18)

こんにちは、島倉原です。
前回は、「変動為替相場制のもとでは、マンデル=フレミング・モデルにより、理論的には財政政策の効果はないとされている」という議論が誤っていることを解説しました。
今回は、「変動為替相場制のもとでは、財政政策よりも金融政策の効果のほうが大きい」という議論も「理論的に」誤っていることを、今度はフレミング氏の論文に基づいて解説してみたいと思います。

前回紹介した高橋洋一氏の著作以外にも、こんな著述がありました。

財の価格は一般に硬直性を持つので、変動相場制の下においては、金融を拡張すると自国通貨の価値が下がり、輸出産業と輸入競争産業にとっては競争のハードルが下がって金融政策が有効となる。逆に財政政策、すなわち政府支出は外需が自国金利の上昇によってもたらされる自国通貨高により削られてしまうので、経済に限定的な効果しか持ち得ない。これは、マンデル=フレミング分析として知られる政策割当効果である。
岩田規久男・浜田宏一・原田泰編著「リフレが日本経済を復活させる」第1章30~31ページ、浜田宏一氏執筆部分)

また、リフレ派経済学者の1人である原田泰氏による下記の著述も、「財政政策よりも金融政策の効果のほうが大きい」とは言っていませんが、財政政策の一環である公共事業の効果の小ささを主張していて、同様な趣旨に基づくことは明らかです。

なぜ私は公共事業の効果が小さいと述べてきたのか。その理由は以下のとおりである。

まず第一に、公共事業をするとは、建設国債を出して建設投資をするということだから、それをしない場合より金利が上がって、民間の投資を押しのけてしまうからである。これはクラウディング・アウトといわれるものである。

第二に、金利が上がれば資本が流入して円高になる。円が上がれば輸出が減少して、公共事業の刺激効果を減殺するからである。これはマンデル=フレミング・モデルといわれるものの結果である。なお、クラウディング・アウト、マンデル=フレミング・モデルの意味するところは、「公共投資で景気を刺激したいのなら、同時に金融を緩和しなければ効果はない、もしくは減殺される」ということである。
(原田泰「[アベノミクス第二の矢]ついに暴かれた公共事業の効果」Voice・2014年6月号より抜粋)

「財政政策よりも金融政策の方が効果は大きい」は都市伝説?

前回は、「変動相場制では財政政策は無効」という議論には、モデルの前提を無視してマンデル氏の論文の結論を援用している点に問題があることを解説しました。
これに対し、「変動相場制では、(財政政策が無効とは言わないまでも)財政政策よりも金融政策の方が効果は大きい」という議論が何を根拠にしているのかは、実は今一つはっきりしません。というのも、マンデル、フレミング両氏の論文にも、多くのマクロ経済学の教科書にも、それに相当する記述は見当たらないからです。
考えられるのは、「『金融政策の財政政策に対する相対的な有効性』は、固定相場制の開放経済の時よりも変動相場制の開放経済の方が高くなる」または「『金融政策の財政政策に対する相対的な有効性』は、閉鎖経済の時よりも変動相場制の開放経済の方が高くなる」というモデルからの帰結が、すり替わってしまった可能性です。
しかしながら、これらは「固定相場制の開放経済と変動相場制の開放経済の状況」または「閉鎖経済と変動相場制の開放経済の状況」を比較しているのであって、「財政政策と金融政策の絶対的な効果」を比較しているわけではありません(一部、そうした取り違えをしているかのような記述の教科書が存在するのも事実ですが)。
その意味で、設問に対する本来の答えは、

「解説するまでもなく、そもそも根拠がない都市伝説(?)である」

というものです。
今回と次回はそれを承知の上で、上記の帰結が生じるメカニズムを解説しています。これは、マンデル=フレミング・モデルについて(あるいは、それを財政政策批判の根拠に用いることの問題点について)理解を深めてもらうことを意図しています。予めご了解ください。
なお、第三の可能性ですが、リフレ派の議論は「変動相場制では、財政政策は無効」という極端で非現実的な前提の下でのマンデル論文の結論を下敷きにしているのかもしれません。つまり、

「『財政政策は無効』は言い過ぎでも、『金融政策の方が財政政策より有効』と言っておけば間違いはないだろう」

くらいのノリで言っているだけ、という話です。それではあまりにも安直な話になってしまうので、よもやとは思うのですが…。

フレミング論文の結論はあくまで「相対的な効果の増大」

前置きが長くなりましたが、冒頭に述べた通り、今回はフレミング氏の論文に基づいて、

「『金融政策の財政政策に対する相対的な有効性』は、固定相場制の開放経済の時よりも変動相場制の開放経済の方が高くなる」

という結論のロジックを解説します。
フレミング氏の論文の冒頭(要約部分)では、以下のように述べられています。

In all but extreme cases, the stimulus to monetary demand arising from an increase in money supply will be greater, relative to that arising from an expansionary change in budgetary policy, with a floating than with a fixed rate of exchange.
(筆者訳:極端な場合を除き、「拡張的な財政政策」と比較した「マネーストック増加」の名目需要への相対的な刺激効果は、固定為替相場制の時よりも変動為替相場制の時の方が大きくなるだろう。)

これが「変動相場制の時には、財政政策よりも金融政策の方が(絶対的な)効果が大きい」と言っているわけではないことを確認してください。これが「財政政策と金融政策の絶対的な効果の差」について述べているのであれば、 “that arising from an expansionary change in budgetary policy” は “than” の後ろに来るはずですし、 “relative to” や “with a fixed rate of exchange” は不要のはずです。

フレミング論文では正当化できないリフレ派の議論

フレミングは上記の結論を証明するため、

「固定相場制のもとで、有効需要増加に同じ効果をもたらす分だけ、財政支出拡大と金融緩和を別々に実施したケース」

を想定します。いずれの場合も、総所得の増加に応じて輸入が同量増加し、その分経常収支及び国際収支(=経常収支+資本収支)が悪化します。ただし、財政支出拡大が金利上昇をもたらす一方で、金融緩和は金利低下をもたらします。
その上で、金利の変化に対する資本移動の反応度別に2つのケースの政策効果を以下の通り比較し、「金融政策の財政政策に対する相対的な効果は、固定相場制の時より変動相場制の時の方が高い」という結論を導き出します。

Ⅰ.資本移動が金利の変化に全く反応しない場合(フレミングが言うところの「極端な場合」)
資本収支、ひいては国際収支に差が生じないため、財政支出拡大と金融緩和による最終的な効果には全く差が生じない。これは、固定相場制であっても変動相場制であっても何ら変わらない。

Ⅱ.資本移動が金利の変化にある程度反応する(金利上昇⇒資本流入増)場合(フレミング自身が「現実的」と想定したケース)
固定相場制では、国際収支が改善する分、「GDPの増加が同じであっても、政策としてのパフォーマンスは財政支出拡大の方が金融緩和よりも高い」ということができる。他方で変動相場制では、国際収支の改善は自国通貨高による純輸出減少をもたらすため、金融緩和の方がGDP増加額は大きい。よって、金融緩和の財政支出拡大に対する相対的な効果は、固定相場制の時よりも変動相場制の時の方が高いと言える。

Ⅲ.資本移動が金利の変化に完全に反応する場合マンデル論文が仮定したケース)
固定相場制の際の両政策の比較結果はⅡと同じ。変動相場制では、財政支出拡大は自国通貨高による純輸出悪化によってGDPを全く増やさず、金融緩和は自国通貨安を通じてGDPをマネーストックと同率で増加させる。よって、金融緩和の財政支出拡大に対する相対的な効果は、固定相場制の時よりも変動相場制の時の方が高いと言える。

リフレ派の議論は、ケースⅡ~Ⅲの結果部分(金融緩和の効果>財政政策の効果)を踏まえてのものかもしれません。しかしながら、これらはあくまで、「資本移動考慮前の固定相場制のもとで同じ経済効果をもたらす財政支出拡大と金融緩和」を変動相場制のケースに当てはめて比較したものに過ぎません
極端な言い方をすれば、

資本移動考慮前の固定相場制のもとでは「財政支出1円拡大の効果=マネタリーベース100兆円拡大の効果」だったのが、変動相場制のもとでは「財政支出2円拡大の効果=マネタリーベース100兆円拡大の効果」に変化した(つまり、「財政支出1円拡大の効果<マネタリーベース100兆円拡大の効果」。

というケースであっても、「財政政策に対する金融政策の相対的な効果」は2倍になっているため、フレミングの結論とは何ら矛盾しないのです。この場合に、「変動相場制の時には、財政政策よりも金融政策の方が有効である」と胸を張って言える人はいないでしょう。

繰り返しになりますが、フレミング論文がリフレ派の議論の元ネタになっているかどうかは定かではありません。他方で少なくとも、その正当性の根拠にならないことは確かです。

(参考文献)
J. M. Fleming, “Domestic Financial Policies Under Fixed and Under Floating Exchange Rates,” IMF Staff Papers, 1962, pp. 369-380.
J. R. Hicks, “Mr. Keynes and the “Classics”; A Suggested Interpretation,” Econometrica, 1937, pp. 147-159.(山形浩生氏の翻訳はこちら
R. A. Mundell, “Capital Mobility and Stabilization Policy under Fixed and FlexibleExchange Rates,” The Canadian Journal of Economics and Political Science, 1963, pp. 475-485.(翻訳は、ロバート・A・マンデル著、渡辺太郎他訳「国際経済学(ダイヤモンド社、2000年)」に所収)
岩田規久男・浜田宏一・原田泰編著「リフレが日本経済を復活させる」(中央経済社、2013年)
高橋洋一著「この金融政策が日本を救う」(光文社、2008年)

西部邁

島倉原

島倉原評論家

投稿者プロフィール

東京大学法学部卒業。会社勤めのかたわら、景気循環学会や「日本経済復活の会」に所属。ブログ「経済とは経世済民なり」やメルマガ「三橋貴明の『新』日本経済新聞」執筆のほか、インターネット動画「チャンネルAjer」に出演し、日本の「失われた20年」の原因が緊縮財政にあることを、経済理論および統計データに基づき解説している。

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コメント

    • unk
    • 2014年 6月 22日

    では、あなた様の持論でもってノーベル経済学賞をとってきてください。

    • 本稿および前回稿の趣旨は、「マンデル=フレミング・モデルは間違っている」ではなく、「もともとマンデル=フレミング・モデルは、『財政政策無効』あるいは『金融政策の方が有効』と言っている訳では無い」という趣旨です。
      つまり、「『財政政策無効』や『金融政策の方が有効』という結論をひっくり返したところで、マンデル=フレミング・モデルをひっくり返したことにはならず、ましてやノーベル経済学賞などもらえやしませんよ」と言っている訳ですから、そこは誤解の無いようお願いします。

    • 序の口
    • 2014年 7月 17日

    リフレ派は 他人様のフンドシで
    土俵に上がるから、、
    恥部を晒しているのですね。。。
    相撲を取るなら 
    しっかりとしたマイフンドシに限る♪

    勉強になります。

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