情報社会における情報の欠乏というパラドクス

「分かりやすさ」は大事な大事な暗黙知を分かってない。

また、暗黙知の欠乏という現象も非常に深刻な問題を孕んでいます。現在は、コミュニケーションやプレゼン能力というものが非常に重視される社会であり、そのプレゼン能力やコミュニケーションスキルを向上させるための様々な書籍やセミナーが存在します。ところが、それらの書籍やセミナーで重視されるのは、ただただ「分かりやすさ」という一点であります。

もちろん、「分かりやすく」伝える能力というものが非常に重要であることは間違いありませんが、非常に大きな問題は、分かりやすさを重視するあまり、簡単には理解できない、分かりにくい情報やメッセージがあまりにも容易に軽視、あるいは場合によっては無視されてしまうということです。

この本の著者は、言語的なテキスト情報を

消化するものはほとんどない。作業中にもその後にも、捨てるべき骨や繊維質はまったくない

情報であるとしていますが、一方でやはり優れた文章の中には、ただ単純に文字をなぞるだけでは読み取ることの出来ない、非言語的なメッセージが多分に含まれた文章というものがあります。このような優れた文章を真に読み取るには、その人の経験や知識の蓄積が必要とされ、その蓄積を持たないものには受け取れないメッセージを、その蓄積を有するものにははっきりと受け取り感じ取ることが出来るのです。

武術家の甲野善紀氏は、
「最も優れた助言というものは、その助言を受けたときには、理解できないものだ。助言を受けたその時には理解できなくとも、鍛錬を積み重ねていった時に、初めて実感として理解できるような助言こそが最も優れているのだ」
ということを述べていますが、これは暗黙知の存在を暗に示しています。このように、言語だけでは理解できなくとも、様々な経験や知的、あるいは身体的鍛錬を積み重ねていくことにより得られる、身体的、感情的に納得できる非言語的な情報こそが、本来は最も重要なのですが、分かりやすさを重視する社会というものは、この最も重要な暗黙知の存在を、それが分かりにくいというただそれだけの理由で、いとも簡単に軽視します。

かくして、もともと情報の帯域幅の非常に狭い言語的(あるいは視覚的)コミュニケーションばかりが重視される社会の中で、中でも特に面白みのない「消化するものはほとんどない。作業中にもその後にも、捨てるべき骨や繊維質はまったくない」情報が大量に氾濫することで、私たちはどうにも辟易させられているのです。

現在のように都市化が進展し、高度な情報社会化が達成されてしまった現代において、このような時代の流れを逆行させることは、非常に困難ですし、引きこもり問題一つ取ってみても、その解決は難しいでしょう。しかし、少なくとも、現在の情報社会の問題点をしっかり捉え直すこと、特に、現代の情報社会の問題点を情報の氾濫という一面的な見方のみならず、同時に情報の欠乏という真逆の側面からも見据えて、問題を捉え直すことが、社会においても、個人の生活においても、重要なのではないかと思います。

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西部邁

高木克俊

高木克俊会社員

投稿者プロフィール

1987年生。神奈川県出身。家業である流通会社で会社員をしながら、ブログ「超個人的美学2~このブログは「超個人的美学と題するブログ」ではありません」を運営し、政治・経済について、積極的な発信を行っている。

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