笑えない悲喜劇 劇評:東京デスロック『亡国の三人姉妹』

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photo by bozzo

 舞台上に広がる玩具を使って進められることで、俳優たちは「お芝居」としての『三人姉妹』を演じて戯れているようだ。だから登場人物たちの姿は、難民という絶望的な状況から目を背けているように見える。自分たちが置かれた現実から遊離するかのように、彼らの生活状況はいわば「丸くてカワイイ」もので満たされている。そのことは、故郷へ帰るという一縷の望みが叶わないことを、どこかで感づいて諦めている姉妹たちの思いと上手く合致している。したがって、現実だけでなく願望においても諦めている彼らの絶望は、より深い。だからこそ、玩具での戯れるしかもはやないのである。

姉妹の絶望が頂点に達するのが、軍隊が町から去ることになってマーシャがヴェルシーニンと別れ、三女・イリーナが男爵・トゥーゼンバフと結婚する決意を固めてからである。イリーナの結婚を期に帰郷ではないながらも、新天地へと引越しをすることになった。そのため、俳優たちはテントの入り口を下げ、道具をダンボールに詰めて引っ越しの準備を行う。しかしトゥーゼンバフは、イリーナを取り合っていた二等大尉のソリョーヌイに申し込まれていた決闘に敗れて死んでしまう。そのことを軍医・チェブトゥイキンから聞かされた三人姉妹は、旅支度をしていた難民キャンプを元通りの状態に戻すのだ。どこにも行けない閉塞感が漂う。

 そしてこの後、絶望に至ってもなお三姉妹は働いて生きていくことを誓う有名な台詞を語る。自分たちの苦労は、今の時代の他の人々には分かってもらえないかもしれない。しかし、遠い未来の人類がこの時代を振り返った時はどうか。かつての人々が苦労したからこそ、今の幸せがあるときっと褒め称えてくれるはずだ。そのために、姉妹は辛くとも働いて生きていくことを誓う。未来はきっと自分たちの苦労が生かされる良い時代になっているだろうと期待して。『三人姉妹』には、この種の数百年後の未来を想像したり、そこから現実を見返すような台詞がいくつかある。閉塞した現状を唯一打開するものとして、未来の人類のために今の苦しさに絶え、懸命に生きることを決意するのだ。しかしそうは言っても、現状は何も変わらない。その滑稽さが、チェーホフ作品が「喜劇」である所以である。

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 多田はそこに、震災以後の日本の現状を挿入する。姉妹の兄であるアンドレイが持って来た乳母車に、防塵マスクと作業着を着た女優が人形を置く。その人形は、姉妹達によってマスクをかけられる。女優と人形の姿は、福島原発事故を受けて収束作業に当たる作業員のそれである。その中で聞こえる「働かなければ」という台詞は、滑稽で無責任でしかない。放射能を拡散する事故を起こし、その除染に途方もない時間を要する日本にしてしまった我々は、未来の人類に多大なるツケを回した。そんな我々は、未来の人間から振り返った時に肯定されるどころか、強く否定されるしかないのだから。

 今、我々の身体と世界には、無数の穴が開いている。芯を抜かれて呆然としている人間は、空虚な世界の中をただただ場当たり的に対応し、やり過ごすことしかできない。世界からは一体何が欠けているのだろうか。それは自らが捨ててしまったのかもしれないし、知らず知らずの内にどこかの誰かから奪われたのかもしれない。いずれにせよ、そのことをじっくりと見つめて追求し、回復する手立てを与えられることなく、ただ奪われ失う速度だけは加速しているようには感じる。そのことに慣れきってシニシズムに陥ることや、分かりやすい物語を求めて極端なポピュリズムに乗って良しとする危険性も重々分かってはいる。しかし困ったことに、何を失っているのかが分からないのだ。それこそが、現代世界の笑えない悲喜劇であろう。(2016年10月16日マチネ、横浜赤レンガ倉庫1号館 3Fホール)

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西部邁

藤原 央登

藤原 央登劇評家

投稿者プロフィール

1983年大阪府生まれ。劇評家。演劇批評誌『シアターアーツ』などに、小劇場演劇の劇評を執筆。共編著『「轟音の残響」から――震災・原発と演劇』(晩成書房)

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