アベノミクスで所得が増えない理由とは

様々な要因がデフレへと導いている

それでは、リフレ論者やケインズ主義的な政策を支持する論者が主張するような、デフレ脱却や、積極的な景気対策による景気浮揚によって労働者の賃金引き上げにつなげるという戦略はどうでしょう。これは先の法人税減税と企業収益改善の戦略よりは上手くいく可能性が高いとは思いますが、その効果は限定的だと推測します。

ビジネス書作家の小暮太一氏は、『僕たちはいつまでこんな働き方を続けるのか?』という本の中で、資本主義の世界では、労働者の賃金は企業の業績とは必ずしも連動しないと述べています。では、我々の給料はどのように決定されるのでしょうか。小暮氏は、生活していくのに必要な経費の平均によって決められているのだと説明しています。

例えば、二〇代の新卒社員と、四〇代の中堅社員の給料の違いで考えればわかりやすいかもしれません。独身の二〇代の新卒の若者より、子供の養育費のかかる四〇代のパパの方が必要な生活コストが高いために、それに見合うよう給料が高く設定されているというのです。

仮にこの考えを前提に置くと、現代の日本の社会では非常に不都合な自体が発生します。かつてのように、二〇代で結婚し、男は会社で仕事、女は家事と子育てに精出しながら、二〇代の後半で子供を産んで育てて高校や大学へ通わせるという日本人の平均的な人生設計が立てにくくなります。逆に、「ライフスタイルの多様化」というスローガンのもとに、生涯独身の人が急増し、結婚した男女も共働きが当たり前というように時代が変化した現在においては、それぞれの年代の平均的な生活コストなど容易には算出できません。さらに、かつての平均的な人生設計では年功序列や終身雇用を暗黙の前提としていたために、四〇代になり、子供の養育費などのために高い給料が必要になった時には、おおよそそれに見合った勤続年数や職歴、実績というものが伴っていたのですが、現在のように雇用の流動化が進み、転職が容易になった時代には、かつてのように「二〇代だから、四〇代だから、おおよそこれだけの給料」と算出することは極めて困難です。

さらには、グローバル化による賃金引き下げ圧力や世論の影響も大きいでしょう。かつてのように、比較的単純な給与の算出方法が不可能になった以上、その基準はグローバルな競争による圧力や、「おおよそこの程度の給料の額が妥当であろう」あるいは、「まあこのくらいの給料ならなんとか生活していけるだろう」といった世論の風潮に大きく影響されます。その意味では、森永卓郎氏の「年収300万円時代から、ついには年収100万円時代の到来」といった言論や、ユニクロの柳井氏の「日本人の給料も新興国並みの水準と並ぶであろう」というような発言は、自己実現的な予言となりうる可能性があるのです(年収300万円時代は実際に到来したと言っても過言ではなく、ツイッターでは「かつての妥協が現在の目標」などという自虐的なジョークをつぶやく若者もいます)。

一〇年以上続くデフレ不況の影響による給与水準の低下によって、人々の期待は低下し、その期待の低下とともに生活水準も低下、そして、さらにはその現実が生活と労働の必要経費を引き下げ、その必要経費の引き下げが給与水準の低下を招く。このような低下のスパイラルを世論が後押しする・・・。聞くだけで陰鬱な気分になってきますが、これこそが一〇年以上続いた日本のデフレ不況、および破壊的な構造改革の正体であったといえます。そして、さらに重要なことは、未だ日本はこの負のスパイラルから抜け切っていないということです。

もちろん、この状況の原因のすべてをアベノミクスに帰結することは出来ません。原因は複雑多岐にわたっており、この状況を脱却するためには、「大胆な改革を行うための突破力」などではなく、(もちろん、それも必要ではありますが)むしろグチャグチャにほつれた糸を一つ一つときほぐしていくような慎重さと繊細さと思慮深さが必要であるように思えます。

実際、ここまで状況が悪化しながら、一方でマスコミや様々な言論人による好き勝手な世論誘導が行われている現実を踏まえるなら、ある程度強権的な手法によって、例えば大幅に最低賃金を引き上げる、関税の引き上げによって安い海外からの輸入品が容易に入ってこないようにする、企業の内部留保をなんらかのカタチで労働者に分配されるようにする等の政策が必要になるかもしれません。しかし、このような政策はおそらくマスコミ世論からの大反発を招くため、やはり安倍政権は経済問題一つとってみても、とてつもなく解決困難な課題に直面していると言えるのではないでしょうか。

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西部邁

高木克俊

高木克俊会社員

投稿者プロフィール

1987年生。神奈川県出身。家業である流通会社で会社員をしながら、ブログ「超個人的美学2~このブログは「超個人的美学と題するブログ」ではありません」を運営し、政治・経済について、積極的な発信を行っている。

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コメント

    • 萩原 和紀
    • 2014年 1月 05日

    いつも拝見させてもらってます。
    安倍総理の経済政策は竹中氏を中心とした新自由主義そのものだと見ています。新自由主義は内需の成長が望め無いと思い込み、国外に利益を求める膨張主義、「人の全ての行為は商品的価値に換算できる」という視野の狭い価値基準を有しているという点で共産主義、帝国主義と同根ではないのかと危惧しております。私は安倍首相の経済政策以外は支持するもので、経済さえなんとか考え直してもらえれば良いと思っております。

      • 高木克俊
      • 2014年 1月 06日

      そうですね、私自身安倍首相の描く国家のビジョンと、現実に行っている経済政策における拝金主義的な性格とのギャップには戸惑っています。
      「安倍首相の描く国家のビジョンの中で、経済の問題をどのように位置づけるべきか?」
      というような包括的な視点が欠如しており、なおかつそのような問題を指摘するようなブレーンが周囲にいないのではないか?と個人的にはそのように感じています。

    • cms
    • 2014年 1月 05日

    >法人税減税は企業の内部留保にお金を回すことのインセンティブを高めるのである。物事をわかりやすくするために非常に単純化した説明を行うと、例えば、法人税が30%であれば、企業の内部留保に回したうち3割が税金で取られることになるが、一方で法人税が80%の場合であれば、企業が内部留保に回したお金のうち8割が税金で取られることになる。相対的な比較で見た場合、法人税が30%の場合であれば、経営陣は先々の事を考えできるだけ内部留保にお金を回しておこうと考えるかもしれないが、一方で法人税が80%の場合では8割も税金でお金を取られるくらいなら、むしろ将来の成長のために投資をしたり、優秀な人材を確保するため人件費を上げたり社員の待遇を改善したりしようとするだろう。

    あまり言われないことである理由は、それが間違っているからですよ。
    法人税30%と法人税80%の両者でパイのサイズが変わらなければそのようなことがあるかも知れませんが、
    実際には法人税80%では(株主の収益が低下して、またそれと銀行融資が裁定して、資金調達コストが
    上がることなどから)企業の生産規模が落ち込みます。一般にはこちらの影響の方が大きい。

      • 高木克俊
      • 2014年 1月 06日

      えー、このような問題については、リンク先で中野剛志さんの議論を引用しているので参考にしてもらえればと思います⇒『法人税減税の問題点を考える』http://achichiachi.seesaa.net/article/375490834.html

      簡単に説明すると、現在のデフレの原因の一つとして企業の内部留保が国内の投資や労働者の所得に分配されないことを挙げていますが、法人税を下げても内需の拡大に回らないと現状においては、むしろ、法人税として政府が資金を吸い上げて、政府主導の公共投資等による内需拡大政策を行ったほうが経済のパイは大きくなるであろうという議論について紹介しています。

    • yammar
    • 2014年 1月 21日

    こちらが参考になると思います。
    http://anond.hatelabo.jp/20131228022318

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