バランスシート不況説の問題点 ー 失われた20年の正体(その6)

リーマン・ショックで脚光を浴びた金融不安定性仮説

これに対して金融不安定性仮説は、米国の非主流派(ポスト・ケインズ派)経済学者であるハイマン・ミンスキー(1919~1996年)が唱えていたものです。ミンスキーは、将来生み出される収益(キャッシュ・フロー)の増加につながると期待して行われる「投資」を資金面でサポートする「金融」(主に借入や社債発行によるもの)について、以下の3つに分類します。

(1) ヘッジ金融

キャッシュ・フローが、毎期の返済額(元本+利息)を上回ることが期待される投資に対して行われる金融。従って投資主体の資金繰りは安定的。

(2) 投機的金融

返済期間トータルではキャッシュ・フローが返済額を上回り、なおかつ毎期のキャッシュ・フローも利息を下回らない(従って返済元本が膨らむことは無い)投資に対して行われる金融。ただし、当面はキャッシュ・フローが「元本を合わせた返済額」を下回るため、返済元本の借り換えが必要になる。

(3) ポンツィ金融

当面のキャッシュ・フローが利息すら下回る(従って利息分の借り換えも必要で、返済元本は増加していく)投資に対して行われる金融(但し、貸し手・借り手とも未来永劫返済がなされないことを想定しているという訳では必ずしもなく、ある程度先の将来におけるキャッシュ・フローの向上や投資した資産の値上がりで回収されることが前提にあります)。

そして、

「経済活動が活発になる過程では人々の将来見通しが楽観に傾くため、投機的金融やポンツィ金融の比重が高まり、そのことがより一層経済を過熱させるが、結果として経済全体や金融システムの安全性が低下する。こうした状況で経済が下降に転じると、金融危機の発生につながる。」

というのが、ミンスキーの金融不安定性仮説の要諦です。
このように、金融的要因で経済全体の不均衡が増幅される、という経済観を持つミンスキーは、「明白な統制が無くとも市場は整合的な結果を達成し、かつそうした整合性を破壊する内在的な過程を含んでいないため、大規模な景気後退が生じるためには大規模な衝撃が生じなければならないことになり、大恐慌その他の現実を説明できなかった」として新古典派経済学を批判しています。他方で、新古典派ベースのマネタリストが批判する財政政策については、「大きな政府による財政赤字による企業利潤維持効果の存在が経済安定化の役割を果たし、戦後1970年代に至るまで、大きな恐慌の発生を防ぐことができた」として、ポジティブな評価を与えています。

上記は主に企業の投資活動を想定したものですが、ミンスキーの理論を解説した「危機・不安定性・資本主義 ハイマン・ミンスキーの経済学」(福井県立大学教授である服部茂幸氏の著作)では、アメリカの個人可処分所得に対する負債(住宅ローン及び消費者ローン)の比率の推移を示しながら、ミンスキーの理論が直近のアメリカの住宅バブル(リーマン・ショックに至ったサブプライム・バブル)の状況を上手く説明しており(バブルの過熱期に個人可処分所得に対する住宅ローンの比率が上昇している)、それまで主流派的アプローチを取ってきた経済学者の一部からも注目を浴びるようになってきたと述べられています。
例えば、日本でも著名なノーベル賞経済学者であるポール・クルーグマンも共著論文の中で、ミンスキー的な(あるいはリチャード・クー的な)考え方を取り入れたニュー・ケインジアン型の経済モデルを提示しています。

→ 次ページ:「バランスシート不況説や金融不安定性仮説では失われた20年は説明できない」を読む

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西部邁

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コメント

    • 鳥見光洋
    • 2014年 1月 10日

    私にとっては衝撃的な分析です。バランスシート不況論については、主流派経済学への疑問もあり、また、リチャードクー氏等の著作等により支持していたので、いつも以上に興味深く読ませていただきました。

    もっと注目されて良い論考だと思いますので、FBノート等で紹介させてください。(私なりの解釈にはなりますが)

    • コメント有難うございます。
      最近改めて思ったのですが、バランスシート不況論その他の「負債デフレ」論的な枠組みは、「金融機関(場合によっては、ノンバンク、商社、不動産会社も含む)」という特殊なプレイヤーの行動理論として読み替える(したがって、実体経済の需要減少とは一旦切り離して考えるべき)のが良いような気がします。
      そうすれば、バブル崩壊直後の金融機関の貸し出し態度との整合性が付くのではないかと…あくまで漠然としたアイディアですが。

    • Shunjiro Miyata
    • 2014年 1月 26日

    いつも参考にさせてもらっております。勉強になります。

    図2について、バブル以前は景気が良いのでバランスシートが健全で、かつ、バブル後はさらに健全化の圧力がかかるとともに資産価値の低下や業績悪化により対応できなくなった企業や事業部門は倒産・廃業・吸収合併・事業切り離しなどにより調査対象から外れたという解釈はできないでしょうか。だとすると、バランスシート不況説とは矛盾しないような。

    • コメント有難うございます。
      ご指摘のような解釈だと、残った健全な企業はより一層設備投資を活発化させているはずであり、現実と矛盾すると思われます。
      恐らく(私自身も持ち合わせている)バランスシート不況論に対する一定の納得感から出ているご指摘ではないか、と勝手に想像している次第ですが、鳥見さんへの返信コメントでも述べている通り、バランスシート不況論の考え方は「金融機関の行動理論」に形を変えて活かされるべきあり、そうすれば自分自身の納得感とも整合性が取れるような気がしております。

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