ものに潜む陰

和室

日本は今20年以上続くデフレ状態にありそれによる低賃金に、特に若者世代が喘いでいるなかでダイソーやユニクロの商品で生活している人々が多いと見ていますが、あるとき疲れて家に帰り照明をつけ、照らされる自分の部屋を見渡して安っぽい、言ってしまえば半ばゴミのようなものばかりが自分の生活を構成しているのを確認したとき、虚しさを覚える人も少なくないのではないかと思います。たまにリッチな人と会う機会などあると、自分が惨めでしょうがないと思うこともあるのではないでしょうか。

あなたも私も、ものに埋もれて生きている。その陰に人の気持がある。

私は今世の中に物が溢れ過ぎていると考えています。いっとき前「断捨離」のブームがあり、私も漫画家 中崎タツヤさんの、家の中にほとんど物がない(例えば時刻を知らせるものはエアコンのリモコンだけ、ガスコンロを捨てようかいつも迷う。寝るのに使うのは寝袋のみ。など)その生活様式をまとめた本を見て衝撃を受けました。これは私の解釈に過ぎませんが、あの方はきっと4コマ漫画家というお仕事柄家を出ると、余りに不必要な複雑さ、心ない善意のけたたましい応酬に嫌気が差してあのような生活に至ったのではないかと邪推します。そんな衝撃的な本が書店を賑わせるのもつかの間、この大量流行消費社会にあっては焼け石に水。一過性の流行りに終わってしまったようです。
私はいま東京に住んでいて、ふらっと町へ出るとどこを見ても店が並び、店の中にはところ狭しと何かの品物やサービスが並んでいます。その商品の陰にある提供側の必死さや苦痛が聞こえてくるようで参ってしまいます。私の被害妄想かと思えばそうではないのです。販売の経験が少しでもある方ならご経験おありかと思いますが、「こんなゴミみたいなもの誰が買うんだよ」と自分が思うようなものを売らなければならない。売らなければ生活が滞る。また大手であればあるほどいち販売員が商品についてどうこういうことなんて単なる末端従業員の愚痴にしか取られないのが今の実情です。そんな怨嗟や無念が根底にあるにも関わらず道徳そっちのけの「マニュアルにある」という理由で作られた笑顔をこれでもかと見せられていれば、見てるこちらは怖いと思うか「あいつどうやったら幸せになるんだろう」とか恩着せがましく考えずには居れずただ街を歩いているだけでもヘトヘトになってしまいます。販売もさることながら、物流とか営業とか飲食とか単価安くて多売でやってる商売の人たちの疲れってめちゃくちゃあるんですよ!働く人間自身が裏側知ってるからこんなカスみたいなものに金払わせてスイマセン!!という良心をどうにも昇華する方法を見つけられずに、ノルマに時間に追われている販売員の方が、実際多いのではないでしょうか。
私は街へ出てもそんな光景ばかりが目につきヘトヘトになります。でもこんな感情を抱いているのは決して私だけではないのではないでしょうか。

私は先に世の中には物が溢れすぎていると申し上げましたが、なぜそう感じるのでしょうか。そもそも私たちが生活するに当たって、必要なものは多いと考えます。何となく生きるにしたって季節の移り変わりのあるこの日本では全裸で過ごすと冬確実に死にますので寒さを防ぐための着るもの、少なくとも体を覆える大きさの布状のものが要ります。そして野外で生きていくとしても雨に濡れると体温を奪われ冬でなくても死ぬし、外敵から身を守りたいので屋根、もしくは壁も備えた住居が欲しいところです。また何でも食べるとしたっていちいち食あたりになっていては困りますから火を出す道具、調理に使う鍋等が要るでしょう。やっぱり何も持たずに暮らしていくことは出来ると言い張る方もあるかもしれませんが、そんなガッツがある人は身体的に恵まれたごく少数に限られるでしょう。生命維持だけでもこれだけのものを必要とし、社会的な生活を少しでも営もうとするのであれば必要なものの数というのは言わずもがな莫大に増えていきます。様々なものが存在する理由、意義は大いにあるのです。またその地域に生活する人々が多ければ多いほどその生活を支えるべく街に物量が増えていくことは自然なことなのかもしれません。しかし、そんな確固とした理由のある状況に私ごときが楯突く理由は何なのでしょう。

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西部邁

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コメント

    • ろっく
    • 2014年 7月 09日

    >伝統とどれだけ対峙しているか、創造性を伝統という力によってどれだけ練っているかということです

    作りてと受けてとの付き合いの中に、こうした伝統に対する意識というか敬意というか、
    そういうものが、もっと普段の生活のなかにある社会が、本当の成熟した社会ではないだろうかと思いました。

    • 牧之瀬
    • 2014年 7月 25日

    ろっくさんコメントありがとうございます。

    作るという行為と作ったものを受けるという行為、この二つには勿論大きな差はありますが、受け取る側にあっても、例えばヤカンにしましょう、「ヤカン、それは湯を沸かすもの当たり前じゃん」という認識だけであるのと、「使ってるうちに段々味出てきたなあ」「ヤカンの顔、真似してみようか」「取っ手食う着けた方がいいと思いついたやつ、賢いなあ」なんて思ったりする感覚もあるのと、私はどちらかと言うと、ヤカンが発端になっていろいろ考え始める姿勢の方が、好きなんです。
    毎日「伝統とは!」と歴史書や民族史なんかを見て順序立てて整理して考えるのは一見近いようで本質と遠ざかって行きはしないものの、あるものがない状態ではいつまでも本質に触れないものではないかと思います。そのあるものとは、ある種の直感です。
    プルーストの『失われた時を求めて』で主人公が石畳に蹴つまづいたときに、一瞬にして昔の記憶が頭の中を怒濤のように駆け巡るあの瞬間のような、理性によって区分けされれば別のもの、関係のないものとして捨て置かれる「雑多な」という汚名を着せられる、まぎれもない自分の体験の断片があるもの「ヤカン」を扇の要のような役割とし瞬く間につなぎ合わせてしまうあの直感です。

    私の苦手な環境は、「それは今関係ない」と自分たちをある部分として特化させてしまって顧みない、そういうことに他なりません。

    ろっくさんの仰るようにある者とまた別の者との関係に於いて豊穣な感覚のやり取りが行われる世の中というのは、とても豊かなものだと私も感じております。また人間は、そのようなやり取りを実はやっているにも関わらず、どこかあるやましさが、それを見えているにも関わらず見ないふりさせていると考えています。

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