バランスシート不況説の問題点 ー 失われた20年の正体(その6)

東京

こんにちは、島倉原です。
今回は、失われた20年の原因を巡る諸説のうち、(5)バランスシート不況説、を取り上げたいと思います。
また、全く別のルーツではありますが、同説と共通点を持ち、時には同じような文脈で用いられることもある「金融不安定性仮説」についても述べてみたいと思います。

日本発のバランスシート不況説

バランスシート不況説は、バブル崩壊後の日本経済の低迷を説明するものとして、野村総合研究所のエコノミストであるリチャード・クー氏が唱えたもので、要約すると以下の通りです。

「資産価格のバブルが崩壊して借金だけが残り、多数の民間企業や個人のバランスシートが毀損すると、企業は運営方針が『利益の最大化』から『債務の最小化』に転換する。その結果総需要(利益成長のための設備投資等)が減少して経済低迷と更なる資産価格下落が生じ、企業はより一層債務の返済に突き進んでしまう(合成の誤謬)。これがバランスシート不況である。」
「こうした状況ではカネを借りようという需要が存在しないため、金利引き下げ・量的緩和・インフレ目標といった金融緩和策は効果が無い。不良債権処理によって金融機関のバランスシートを改善して資金供給能力を高めようとするのは、需要不足の状況で無意味どころか、貸し剥がしを招いて却ってバランスシート不況を悪化させる。」
「こうした状況ではむしろ政府が財政支出を拡大して民間の代わりに需要を創出し、デフレギャップを埋めることが必要である。予防的な観点も踏まえれば、こうした財政出動は積極的に行うべきであり、中長期的な観点からも、その方が高い経済成長を実現できる。」

クー氏は「デフレとバランスシート不況の経済学」等の著書で、「バランスシート不況期には金融緩和が利かない証拠」として示しているのが、日銀短観(日銀が四半期ごとに企業向けに行うアンケート調査)の中の「金融機関の貸出態度DI」の推移で、図1はそれを再現したものです(同書でカバーされていない2004年以降についても示してあります)。クー氏が指摘する通り、「バブル崩壊直後や経済失政期(緊縮財政や拙速な不良債権処理を行った橋本・小泉政権期)を除けば、金融機関の貸出態度は寛容(=マクロで見れば企業の資金繰りに支障を来すような状況ではない)」という結果が今日に至るまで示されています。
また、「貸し手側に起因する金融要因で経済が低迷しているのであれば、貸出残高の減少と共に(借入のコストである)金利が上昇しているはずだが、実際は逆に金利が低下している」と述べているのも、以前の記事(その3:正しい経済理論とは何か)でご紹介した通りです。

【図1:金融機関の貸出態度DI推移(数字が大きいほど緩い)】

金融機関の貸出態度DI推移

またクー氏は、「1990年代前半の公共事業拡大を中心とした景気対策の効果は乏しかった」という「通説」に対して、「景気対策を実施しなければ、1930年代のアメリカの大恐慌のような急激な経済縮小が起こったはずであり、それを食い止めたという意味で、むしろ効果があったと評価すべきである。」と主張しています。

→ 次ページ:「リーマン・ショックで脚光を浴びた金融不安定性仮説」を読む

固定ページ:

1

2 3

西部邁

関連記事

コメント

    • 鳥見光洋
    • 2014年 1月 10日

    私にとっては衝撃的な分析です。バランスシート不況論については、主流派経済学への疑問もあり、また、リチャードクー氏等の著作等により支持していたので、いつも以上に興味深く読ませていただきました。

    もっと注目されて良い論考だと思いますので、FBノート等で紹介させてください。(私なりの解釈にはなりますが)

    • コメント有難うございます。
      最近改めて思ったのですが、バランスシート不況論その他の「負債デフレ」論的な枠組みは、「金融機関(場合によっては、ノンバンク、商社、不動産会社も含む)」という特殊なプレイヤーの行動理論として読み替える(したがって、実体経済の需要減少とは一旦切り離して考えるべき)のが良いような気がします。
      そうすれば、バブル崩壊直後の金融機関の貸し出し態度との整合性が付くのではないかと…あくまで漠然としたアイディアですが。

    • Shunjiro Miyata
    • 2014年 1月 26日

    いつも参考にさせてもらっております。勉強になります。

    図2について、バブル以前は景気が良いのでバランスシートが健全で、かつ、バブル後はさらに健全化の圧力がかかるとともに資産価値の低下や業績悪化により対応できなくなった企業や事業部門は倒産・廃業・吸収合併・事業切り離しなどにより調査対象から外れたという解釈はできないでしょうか。だとすると、バランスシート不況説とは矛盾しないような。

    • コメント有難うございます。
      ご指摘のような解釈だと、残った健全な企業はより一層設備投資を活発化させているはずであり、現実と矛盾すると思われます。
      恐らく(私自身も持ち合わせている)バランスシート不況論に対する一定の納得感から出ているご指摘ではないか、と勝手に想像している次第ですが、鳥見さんへの返信コメントでも述べている通り、バランスシート不況論の考え方は「金融機関の行動理論」に形を変えて活かされるべきあり、そうすれば自分自身の納得感とも整合性が取れるような気がしております。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 2015-9-1

    神概念について ―ある越権行為のまえがき―

     神という概念は、宗教において最も重要なキーワードの一つです。神という概念を持たない宗教にお…

おすすめ記事

  1. ※この記事は月刊WiLL 2015年6月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ 女性が…
  2. SPECIAL TRAILERS 佐藤健志氏の新刊『愛国のパラドックス 「右か左か」の時代は…
  3.  お正月早々みなさまをお騒がせしてまことに申し訳ありません。しかし昨年12月28日、日韓外相間で交わ…
  4. 「日本死ね」騒動に対して、言いたいことは色々あるのですが、まぁこれだけは言わなきゃならないだろうとい…
  5. はじめましての方も多いかもしれません。私、神田錦之介と申します。 このたび、ASREADに…
WordPressテーマ「SWEETY (tcd029)」

WordPressテーマ「INNOVATE HACK (tcd025)」

LogoMarche

TCDテーマ一覧

イケてるシゴト!?

ページ上部へ戻る