『聖魔書』[2-1] 試練書

 ブヨは正しき人間であったが、さらに悲劇に見舞われた。
 ブヨは病気に罹り、筆舌に尽くし難い苦痛に苛まれた。
 ブヨは、それでも一なる神への信仰を捨てなかった。
 ブヨは、病気は直せば良いと言った。
 ブヨは、病気の苦しみから立ち上がった。

 ブヨの友人が、ブヨを訪ねて来て言った。
「ブヨは、病気を治そうとしている。
 しかし、その病気が不治の病だとしても、ブヨはその信仰を捨てないのか。」

 ブヨは述べた。
「不治の病でも、この信仰を捨てない。
 不治の病だったとしたら、私は信仰を抱えたまま自死を選ぶであろう。」

 友人は言った。
「一なる神は、自死を禁じてはいないのか。」

 ブヨは述べた。
「一なる神が、不治の病に罹ったものの自死を止めることはない。
 それは一なる神の性質に反する。
 全知全能全善という性質に反する。」

 友人は言った。
「財産を失い、病に倒れたにも関わらず、
 何故ブヨは一なる神の信仰を失わないのか。」

 ブヨは述べた。
「財産はまた築けば良い。
 病気は直せば良い。
 病気が治らなければ、自死を選べば良い。
 何故に私が私の信仰を失うというのか。」

 友人は言った。
「罪がないなら罰はない。
 それに反していれば、信仰を捨てることもあるはずだ。
 ブヨは正しき人間である。
 何故ブヨは一なる神の信仰を失わないのか。」

 ブヨは述べた。
「友の心遣いに感謝する。
 しかし、私は私の人生を歩む。
 不遇も幸運もまた、私の人生の一部である。
 何故に私が私の信仰を失うというのか。」

 友人は述べた。
「一なる神の意図は知り得ない。
 一なる神と議論はできない。
 何故ブヨは一なる神の信仰を失わないのか。」

 ブヨは述べた。
「私は人間だ。
 一なる神の意図は知り得ない。
 一なる神と議論はできない。
 私は私の人生を歩む。
 何故に私が私の信仰を失うというのか。」

 友人は言った。
「ブヨの罪は何か。
 ブヨの罰は何か。」

 ブヨは唱えた。
「罪は人であり、罰は神である。
 罪と罰、すなわち、人と神。」

 友人は言った。
「ブヨは正しき人間である。
 ブヨに正当な評価を。
 何故ブヨは一なる神の信仰を失わないのか。」

 ブヨは述べた。
「私は正しき人間に正しき評価をしたい。
 私は私自身にもそれを望む。
 しかし、それでも私は私の人生を歩む。
 何故に私が私の信仰を失うというのか。」

 友人は言った。
「一なる神と人との間には壁がある。
 その壁は、境が見えない程に高い。
 何故ブヨは一なる神の信仰を失わないのか。」

 ブヨは述べた。
「私と一なる神の間には壁がある。
 その壁は、境が見えない程に高い。
 しかし、それでも私は私の人生を歩む。
 何故に私が私の信仰を失うというのか。」

 ……………。

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