リフレ政策の成立要件:期待形成の国民的一致は可能か
リフレ派の論理の根幹は、「コミットメント(公約)の効果」にあります。すなわち、日銀が2%のインフレ目標を掲げ、目標達成まで量的緩和を続けることを民間に対して約束することによって、民間の人々のインフレ期待を2%へ高め、その結果、人々が経済行動を変更することによって実体経済へ影響を及ぼすというストーリーです。日銀は約束したことを必ず実行するから、民間の人々も日銀を信頼してくださいと言っているわけです。岩田副総裁が就任に際して「2年で2%のインフレ率を達成できなければ辞任する」と大見得を切ったのも、コミットメント戦略の一環です。しかし、リフレ派のシナリオ通りに事が運ぶとは考えられません。リフレ派の理屈通りになるためには、少なくとも三つの要件がクリアされねばならないからです。
第一の要件は、民間人の大半がリフレ派と同様の期待形成をしていることです。具体的には、「量的緩和をすればインフレになる」と大半の人々が信じていない限り、日銀のコミットメントは空振りに終わります。例えば、「デフレの原因は総需要不足であり、インフレは総需要過剰によって生じる。ベースマネーが増加しても実需に結び付かない限りインフレは生じない」と考える人が大半であれば、日銀の思惑は外れることになるのです。
リフレ派と同じ期待形成をするということは、人々がインフレ予想に際し素朴な貨幣数量説に立脚していることを意味します。合理的期待仮説に依拠してはなりません。しかし、正確に言えば、貨幣数量説は、財・サービスの取引(経常取引)に使われる貨幣量の増加が、物価上昇をもたらすという考え方です。資金貸借や有価証券の売買といった金融取引に使われる貨幣量が増加しても直接物価上昇には結びつきません。
例えば、日銀が量的緩和策として直接金融システムに注入したベースマネーは、2014年において年間60兆円強です。また最終財(消費財プラス投資財)の年間取引額である名目GDPは、日本の場合480兆円強ですから、最終財の取引に480兆円強のカネが使われたことになります。それゆえ需給ギャップが存在せず、かつ供給量を一定と仮定した場合、もしも増加した60兆円のカネが最終財の取引に使われたとしたなら、単純に計算して物価は12.5%上昇することになります。しかし、現実はどうでしょう。総務省発表の2014年のコアCPIの上昇率は消費税増税分を除くと0.6%の上昇でした。このように量的緩和によるベースマネーの増加が過剰準備として日銀当座預金に積み上るだけで融資が増えない場合、インフレに直結することはありません。
経済学では、ケインズ経済学も含めて、経常取引に使うカネも金融取引に使うカネも区別することなく、その合計額をカネの量と考えます。貨幣市場は経済内に一つしかないと想定しているからです。そのため経済内の二つのカネの流れ、いわゆる貨幣の産業的流通と金融的流通、が見えなくなっています。日銀の量的緩和政策は、ベースマネーを民間金融機関に渡す政策です。それは日銀当座預金の残高を増加させるだけで実体経済にカネを渡しているわけではないのです。実体経済とは民間非金融部門のことを指し、その保有するカネ(現金プラス預金)がマネーストックです。マネーストックが増加しなければ、より正確には最終財の購入に向けられるマネーストックが増加しなければ物価は上昇しません。先ずもって需給ギャップが埋まらなければ物価は上昇しないのです。
(後編へ続く)
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