メディアとわれわれの主体性

鏡を叩いて溜飲を下げるな!ー安易な悪玉論を排す

 私がメディアの現状に問題を感じつつも、いわゆるメディア批判をしたくないのは、社会の現状に不満を持つ者にとり、メディアが格好のターゲット、いやスケープゴートになるからです。

 メディアは性格上、常に社会のあり方を映し出す。ゆえに社会のあり方の歪みが、とりもなおさずメディアの歪みとなります。

 大きなメディアであればあるほど、歪みは目立ちやすく、やり玉にも挙げやすい。しかしそれは、鏡に映った像を叩いているに等しいのです。その程度のことで溜飲を下げたら最後、本当の問題──つまり社会の歪みはかえって温存されるでしょう。

 福田恆存は、「世論を強いる新聞」というエッセイ(評論集『平和論にたいする疑問』収録。文藝春秋新社、一九五五年)で良いことを指摘しています。一九五四年の暮れに、第五次吉田茂内閣が退陣したのですが、このとき新聞各紙はアンチ吉田で足並みをそろえ、執拗なバッシングを展開しました。

 しかるに福田さんは、新聞が「吉田はダメだ」という世論を作り、退陣に追い込む上で貢献したと認めつつ、そこにどれほど確たる動機があったか、疑問を呈したのです。

 (吉田バッシングの記事は)憎悪などという裏付けのあるものではない。とうてい、腹にちゃんとした考えのある人間の言葉ではないのです。お調子に乗っているか、それとも自分の文章が記事に採用されたいばかりに、一部のデスク(=上司)の方針に媚びているか、そのどちらかとしか思えません。また、そのデスクも何かに媚びているのではないでしょうか。
(『平和論にたいする疑問』、一八四ページ。原文旧かな、以下同じ)

 ならば、デスクが媚びた相手は誰か?
 野党勢力や、それを支持する財界人に迎合したデスク、あるいは日本の社会主義化を待望するデスクもいることはいるだろうと断った上で、福田さんはこう続けます。

 だが、それよりも、もっと訳の分からぬ時の勢いのようなものに引っ張られているというのが実情ではないでしょうか。「世論は吉田を離れた(=支持しなくなった)」というのは、必ずしも新聞のデッチ上げではなく、「『世論は吉田を離れた』という世論みたいなもの」が、どこからともなく、モヤモヤとわきあがっていたような気がします。新聞はそれに抗しきれなかったのではないでしょうか。(同、一八四〜一八五ページ)

 メディアを操ろうとたくらむ勢力は、むろん存在するに決まっている。しかし現実のメディアは、それらの勢力の支配のもと、計算ずくで動いているのではない。誰もコントロールしていないまま、時代の空気にズルズル流されたあげく、政権の打倒を引き起こしてしまったのだろう、というわけです。

 私も福田さんの分析に賛同します。「戦後からの脱却をメディアが邪魔している」といった議論が、ここ数年、保守派の間に広まっていますが、これはメディアへの過大評価から生まれた、安易な悪玉論でしょう。

 主体性の脆弱な日本人が、そこまで主体性を持ったメディアを持てるはずはない。「戦後」を維持するのか、あるいは「戦後」と訣別するのか、まだ決めかねている人々が多いからこそ、メディアも引きずられたあげく、「改革の必要性を説きつつも、真に改革を目指す動きについては、批判してつぶそうとする」状態に陥っているのだと思います。

 だから私は、「戦後」を頭ごなしに否定する風潮には賛成できないのです。それは保守派の主張に(まだ)同調していない人々、言い換えれば国民の大半を、頭ごなしに否定することにつながる。そして国民的な支持を得られずに、どうやって日本の保守が達成されるのでしょうか?

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西部邁

佐藤健志

佐藤健志評論家・作家

投稿者プロフィール

1966年東京生まれ。東京大学教養学部卒業。1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を受賞。作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動で知られる。ラジオDJ、漫画原作、作詞も手がける。著書に『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『震災ゴジラ!』(VNC)、『国家のツジツマ』(共著、同)、小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)など。訳書に『新訳 フランス革命の省察』(エドマンド・バーク、PHP研究所)、『コモン・センス完全版』(トマス・ペイン、同)がある。
公式サイト「DANCING WRITER」 http://kenjisato1966.com/

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