31年ぶりに再演された名作 劇評:シアターコクーン・オンレパートリー2016 芸術監督 蜷川幸雄・追悼公演『ビニールの城』

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2016年『ビニールの城』 Bunkamuraシアターコクーン
撮影:細野晋司

 『少女仮面』にも腹話術師と人形が出てくるが、この作品では主従関係が逆転している。また、登場人物である宝塚歌劇のスター・春日野八千代は、大勢の少女ファンに見つめられる眼の欲望によって生気が吸い取られて肉体が老い、生の実感がない人物である。俳優と観客、自己と他者の関係をテーマにした、一種の演技論の側面を持つ作品なのである。『ビニールの城』で言えばもちろん、ビニ本のモデルであるモモが『少女仮面』に通じる登場人物だ。男性の欲望のために自身の身体をさらけ出して消費されてゆくヌードモデルは、見られる度に体の一部が奪われてゆく春日野八千代だ。そんなモモと朝顔は、かつて同じアパートで隣同士の部屋に住んでいた。壁の一部が抜けていたため、二人は食べ物のやり取りなどを通して関係したこともある。そして朝顔の部屋には、前の住人が置き忘れたビニ本があった。そこにはモデルを務めたモモが掲載されていたのである。腹話術の人形にしか語りかけることができない内向的な朝顔が、肉体が奪われてゆく生身のモモ=春日野八千代を愛することができるのか。それは、不特定多数の大衆に消費されゆくモモを救出し、人間性を回復させることができるのかという、男の矜持が問われていると言えよう。人形である夕顔は、朝顔が返して欲しい言葉を喋る。その上、必要以上のことは喋らない。そうさせているのは、腹話術師である朝顔自身なのだから。同じようにヌードモデルは、見る者が自身で自由に妄想しオナペットにすることで、自身の欲望を満たすことができる。そんな他者との関係が取れない朝顔に、瓢箪池のほとりにあるバーでモモは再開する。そして生身の自分を愛してほしいと朝顔に伝える。だが、朝顔にはやはりそれができない。ビニールという道具は、朝顔とモモの間にある薄皮一枚の壁の象徴。秀逸な道具だ。ビニールの衝立を挟んでモモと朝顔が対峙し、モモがビニールを突き破って朝顔の前に登場するシーンがある。そこまでモモが踏み込んでも、朝顔は生身の人間との関係へと越境することができないのである。朝顔とモモの関係はすれ違うばかりだが、モモとターの関係も上手くはいかない。強い押しによってモモと結婚したものの、自分を愛してくれていないことを知っているからだ。そして途中から夕顔と見まごう人物になり、朝顔とモモをくっつけようと奮闘する道化的人物になってしまう。
ラストシーンのモモの姿は、ビニールの城に理想とする女を閉じ込めて愛でることであると同時に、男女の肉体的な関係が果たされないという生の不能を示すのだ。 

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2016年『ビニールの城』 Bunkamuraシアターコクーン
撮影:細野晋司

 劇中、モモのヌードを撮影するため、群集がやってくるシーンが何度か挟まれる。眼鏡、バンダナ、リュックを背負った男たちは、秋葉原を始めとするオタクたちである。嬉々として撮影に興じるオタクたちは、決して自らの存在を脅かさない離れた距離に女性を置き、目の欲望を肥大化させるだけ肥大させる。2次元アニメやアダルト動画といった映像コンテンツを消費する現代のサブカルチャーの姿に通じる場面だ。そして、生身の関係が取れないモチーフとして登場するビニールは、パソコン画面に置き換えることが可能だろう。このように、本作は今日でも通用するテーマをはらんでいる。様々なモノを消費する社会的状況を、唐が85年時点で描いていたことに改めて驚かされる。なぜならば、バブル経済のゆとりによる80 年代後半の狂騒的な消費社会、そしてオタクが社会問題になった89年の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件を予見していたかのようだからだ。男女の悲恋物語を描くロマンティシズムが唐の特徴的な劇作だが、単にそれだけではなくその都度、そこには社会的な事象が盛り込まれている。『ビニールの城』が唐の最高傑作だと言われる所以は、社会的事象を一歩先取りし、現代でも色あせない問題が導入されているからであろう。ジャパニメーション、クールジャパンと呼ばれて持てはやされるオタクカルチャーだが、そのことを批評する視点がこの作品にはある。今後も繰り返して上演されるべき作品であると痛感させられた。

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2016年『ビニールの城』 Bunkamuraシアターコクーン
撮影:細野晋司

 『下谷万年町物語』『盲導犬 ―澁澤龍彦「犬狼都市」より―』に続いて唐×蜷川作品に出演した宮沢りえは、初演で緑魔子が演じたモモを好演。妖精のような可憐さと、透き通った聖女にふさわしい存在感。森田剛は見た目のいかつさに反して、押しが弱い現代の引きこもり青年を実直に演じる。声がかすれ気味なことは残念だったが、劇中の歌唱力もシブく聞かせた。もう一人の主演俳優である荒川良々は、テレビドラマや映画でもその怪演が知られている。その印象とは違い、モモに冷たくあしらわれる夫をしっかりとしたリアリズムの演技で見せ、腹話術人形である夕顔を演じる際には、不思議な役柄を自身の個性に合わせて大胆に造形した。日常と非日常をつなぐ不可思議で難しい役どころにふさわしい存在感であった。(2016年8月15日マチネ、Bunkamuraシアターコクーン)

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西部邁

藤原 央登

藤原 央登劇評家

投稿者プロフィール

1983年大阪府生まれ。劇評家。演劇批評誌『シアターアーツ』などに、小劇場演劇の劇評を執筆。共編著『「轟音の残響」から――震災・原発と演劇』(晩成書房)

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