金銭至上主義的な思考に落ち込みやすい現代社会

現実逃避を正当化するために利用される思想や哲学

ここまで説明したように、確かに、現代社会の価値観は相当に歪んだ側面が存在し、そこからの転換をはかることは、社会の安定、人々の幸福、あるいは大げさにいうならば文明の存続においてすら重要な意味を持ちうると思います。

しかし、このような主張に触れた時に、時として大いなる勘違いとしてあまりにも極端に現代社会の価値観を否定し出す人々がいるのです。いわゆるネガティブな意味で使われるネトウヨなどという存在が典型的ですが、まともに学校にもいかず、仕事もしないで政治活動にのめり込む若者がいます。他にも、まともに家事や子育てをせずにボランティア活動にのめり込む主婦や、あるいは、ろくに学校の勉強もせずにおかしな思想や哲学、宗教活動や自己啓発にのめり込む大学生等々その種類は様々ですが、一言で言えば、耐え難い現実から目を背ける、もしくは単純に逃避し、そのような現実逃避に対する自己弁護のツールとして思想や哲学、あるいは宗教的な観念を持ち出す人間がいるのです。

私は、昔から早稲田大学名誉教授の加藤諦三先生の本が大好きで、おそらく100冊以上この先生の本を読んでいるのですが、この加藤諦三さんはある本の中でこのようなことを述べています。

今まで、私はたくさんの本で「あるがままでいい」という言葉を書いてきた。そして、いつしか、この「あるがままでいい」という言葉は世に浸透していったものの、結果として私が予期していなかった現象が起こった。私はこの「あるがままでいい」という言葉を現実社会の中で頑張りすぎて死にそうになっている人に向けて書いたつもりだった。しかし、実際には、怠け者が自己正当化を行うためにこの「あるがままでいい」という言葉を使うようになってしまった。頑張りすぎて死にそうになっている人に向けて言ったこの言葉が、まさか卑怯な怠け者の自己正当化のために使われるなど夢にも思わなかった、と。正確な文章は覚えていませんが、このような事を書いていました。これなど、思想が間違った方向に使われる恰好の例でしょう。

ほとんどの思想家は、全ての人により良き生き方を実践してもらうために文章や書物を書いているのだと思います。しかし、それを受け取った人が、必ずしもより良き生のためにそれを用いるとは限りませんし、これほど単純でシンプルなメッセージすら容易に悪用しうるのが現実というものなのでしょう。

私の今までに書いた記事でも散々主張しているように、はっきり言って、この世界は不快な事だらけです。そして、この不快な世界から逃避してしまえば、(少なくとも一時的には)楽になれますし、そのような現実逃避を正当化するロジックをある種の思想や哲学は山ほど与えてくれます。

しかし、私個人の考えとしては、このような現実逃避と自己正当化の誘惑は断固として断ち切るべきであると考えます。理由は、いくつも挙げられますが、一つには、現実から逃避することで、現実のもたらす不快さから逃れられると同時に、現実がもたらす何か良いものも逃してしまうからです。

例えば、前回、前々回の記事で紹介した対談で東日本国際大学准教授の先崎彰容先生は、ビジネス社会の価値観を批判するうえで、このような話をしています。

先崎 だけどね、なんでお金を稼ぐのかって、よく考えてみたら、自分で今日ちょっとお金稼いで、お母さんに後でちょっと美味い飯でも食わせた時に、初めてホッとして僕は生きている意味をそこに見出すわけじゃないですか。つまりそこに終着点があるはずなのに、利益をあげないで縮小することがイコール悪であるっていう考えのもとに、無限に拡大を続けようとするんですよね。

そうすると、お金を稼ぐって事自体が手段ですよね?お母ちゃんの事考えて稼いでるはずなのに、これが目的化するんですよ。こういうのをニヒリズムって言うんですよね。
「しなやかなナショナリズム」をつくる 〜大衆社会の病理とこれからの共同体論〜 藤井 聡× 先崎 彰容@ジュンク堂池袋本店

確かに、ビジネスの論理が過剰になれば、それは手段と目的の転倒を招き、ニヒリズムに陥ります。しかし、一方で、このビジネスの論理を過剰に批判するあまりに仕事なんてくだらないなどと言って、仕事もせずに自堕落な生活を送れば、親に美味しいご飯を食べさせて、ホッとしながら生きている意味を実感するような瞬間も決して訪れません。

同じように、学生時代に、やるべき勉強や訓練を避けて社会人になれば、大変な苦労をするし、就職活動でやりたいことをやろうとしても大学のレベルの問題や必要な資格を取っていないことで職業の選択の幅が狭まることもあるでしょうし、母親が育児放棄に近い状態で、ボランティアや宗教活動などに精を出せば、こどもが成長した時に必ず何らかのカタチでその報いが訪れるでしょう。

→ 次ページ:「急進的に改革したり、破壊するでもなく、現実から逃避するでもない」を読む

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西部邁

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