放射能より怖い「情報汚染」

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※この記事は月刊WiLL 2015年2月号に掲載されています。他の記事も読むにはコチラ

チェルノブイリの教訓

 一九八六年に世界を震撼させたチェルノブイリ原発事故の現場と周辺地域を、筆者は二〇一四年十一月に訪問した。

 チェルノブイリ周辺地域には、廃墟となった村や都市が散らばる。デマによる不安の拡散と社会混乱。不必要な政府の介入と規制による地域社会の崩壊。それがかの地でも起こっていた。そしていま、福島浜通り地区でも似たことが起こりつつある。福島を同じ状況にしていいのだろうか。

 福島原発事故を経験し、それを克服しなければならない日本にとって、チェルノブイリには「未来を考えるための材料」がたくさんあった。

 無限に続く草原と森、そして沼沢地。そこに人の姿はない。チェルノブイリ近郊で、筆者は不思議な感覚にとらわれた。日本にいると、どの土地にも人の手が入り、その気配を感じる。しかし、チェルノブイリ原発から三十キロ圏は人の立ち入りが禁じられ、二十八年の歳月が経過して自然に戻っているのだ。

 長い直線の道路を行くと、平地の真ん中に巨大なチェルノブイリ原発の姿が遠くから見えた。事故を起こした四号機は、通称「石棺」と呼ばれるコンクリートで覆われている。外から約二百メートル離れた場所まで近寄れるが、放射線量は毎時三十マイクロシーベルトだった。また、原発に隣接した三号機建屋の内部を見学できた。

 事故機から壁一つ隔てた場所に立ったが、そこは毎時三十~四十マイクロシーベルトだった。いずれも自然放射線よりは高いが、即座に健康被害は出ない線量レベルだ。

 チェルノブイリ原発はソ連邦を構成したウクライナにあるが、ベラルーシ、そしてロシアの国境に近い。いまでも三国の送配電のターミナルとなり、約二千人が働く「生きた」施設であることは知られていない。

 そして、もう一つ知られてないことがある。事故のあとも、ここは原子力発電を続けた。事故後の夏から一─三号機は順次運転を再開。三号機は二〇〇〇年まで稼働した。当時、建設中だった五、六号機は放射能汚染のために放棄され、そのまま廃墟になっていた。 

 現在、石棺の老朽化が問題となり、それを覆う「新石棺」という巨大なアーチ型の建築物を、国際支援による約十五億ユーロ(約二千百億円)の費用をかけて建設中だ。

 事故は大変なものであったが、いまでは人間の手によって管理され、被害は抑え込まれていた。

原発「仕方がない」

 ここで、チェルノブイリ原発事故を振り返ってみる。

 一九八六年四月二十六日午前一時二十三分、旧ソ連のウクライナにあったチェルノブイリ原子力発電所四号機で事故が発生した。同機の外部電源の喪失時の制御と配電設備のテストを行っていたところ、原子炉が不安定な状況になった。緊急停止システムを稼働させたが、それでも核反応が制御できなかった。そして原子炉が爆発した。

 四号機は一九七九年の着工で、八三年に運転を開始した。ソ連特有の「RBMK型」(黒鉛減速軽水沸騰冷却型)と呼ばれるタイプだった。核反応を抑制する減速材に黒鉛を使い、西側の原発と違って原子炉の格納容器がなかった

 炉の爆発で建屋が吹き飛び、黒鉛による火災が発生、放射性物質が全世界に拡散した。チェルノブイリで放出した放射線量は五百二十万テラベクレルと、福島の九十万テラベクレルの六倍弱だった。

 事故は複合的要因によるものとされる。制御棒の挿入による反応の抑制が不十分なところに、運転員が誤操作を行い、原子炉が暴走した。また、設計上の安全システム、事故を想定した放射線の拡散を防ぐ設備も不十分だった。さらに建設では、工期短縮のために手抜き工事が行われた可能性がある。

 興味深い事実がある。放射能の恐怖が広がったにもかかわらず、ウクライナは脱原発をできなかった。九一年のソ連崩壊後に、同国の議会は早期の脱原発と新規建設を凍結することを決議した。しかし、九三年に決議を撤回した。そして現在まで原子炉三機を新設し、現在、十五機が稼働して電力供給の半分を担う。

 同国は石炭以外の天然資源が少ない。そして天然ガス、石油を供給するのは隣国のロシアだ。両国の関係は緊張が続き、ロシアは政治的圧力をかける手段として天然ガスを使う。そのために、ウクライナは原子力を使わざるを得ない状況に追い込まれた。

 日本は経済力、産業力の低下の懸念が出ているものの、まだ豊かな国に分類される。原発を使わなくても火力発電の増加による巨額の負担に耐えている。ところが他国では、エネルギーがなければ国民生活と経済が崩壊する。

 取材で会ったウクライナ人も、誰もが原発に懐疑的だが、その利用は「仕方がない」と話していた。苦渋の選択なのだろう。

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西部邁

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