TPP交渉船団はこの夏、どうやらハワイ近海の暗礁に乗り上げたようですが、乗り上げたまますべて廃船となることを切に望みます。この条約交渉の目指すところが、自由貿易の促進によって関係各国の絆を深くし、相互の利益を生み出すところにあると思っている人が多いようですが、それは大きな間違いです。
安倍首相、麻生財務大臣、甘利経済再生担当大臣など、関係閣僚および交渉に当たっている官僚は、この交渉が妥結すれば日米同盟関係がいよいよ深くなって東アジアの安全保障にも好影響を及ぼすと考えているようですが、それはさらに大きな間違いです。
ご存知のように、この条約交渉は初め、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイという四つの小国間で進められていたものですが(この四か国のGDPは合計してもアメリカの二十分の一、日本の六分の一に及びません)、突然アメリカが参入し、続いてオーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアと続き、NAFTA(北米自由貿易協定)加盟国であるメキシコとカナダがアメリカに引きずられるように参入、そして最後に日本が加わって、現在では12か国に及んでいます。利害も規模も大きく異なるこんなに多くの国々が、多項目にわたる条項で一致するなんてまず無理だろうと思うのですが、暗礁に乗り上げた理由の一つは、そこにあるでしょう。
日本の「お人よし」TPP推進勢力は、率先して妥結を急ぎ、アメリカの強引な要求に譲歩、譲歩を重ねているようですが、この姿勢は、アメリカの国益を一方的に日本に押し付ける目的で1989年に始まった日米構造協議、94年に始まった年次改革要望書への対応とまったく同じパターンをたどっています。妥結できないことが、まるで自国が窮地に追い込まれることを意味するかのような、甘利大臣の苦渋に満ちた顔。この人は何にもわかっていないで責任者をやっているのですね。
アメリカの国益と書きましたが、厳密には、金融業界や投資家や富裕層を支持基盤としたCSI(全米サービス業連合会)などの一部圧力団体と、その利害と癒着しているUSTR(アメリカ合衆国通商代表部)であって、その思想的核心は、いうまでもなく新自由主義であり、アメリカン・グローバリズムです。そうしてその実質的な目論見は、ただ自分たちの利益の伸長にとって邪魔と考えられる他国の関税や対外規制を、すべて「障壁」として取り除こうとするところにあります。
アメリカは広く複雑な国ですから、もちろんTPPに反対する勢力もたくさんいます。TPA(貿易促進権限。議会が大統領と外国政府との通商合意の内容修正を求めずに一括承認するか不承認とするもの)はこの6月に何とか通ってしまいましたが、TPPがホワイトハウスによって締結された場合、議会による修正はできないものの、否決することは不可能ではありません。現に次期大統領の有力候補ヒラリー・クリントン氏は、TPPが国益に叶わないなら撤退も辞さないと堂々と宣言していますね。日本にこれだけの政治家がいたら、と羨望を禁じ得ません。
アメリカの一部富裕層にすぎない、このまったく特殊な勢力が、普遍を装いつつ、国を開いて自由な取引をすることはいいことだという欺瞞的な理念をまき散らしているわけです。アメリカが参加してからのTPP交渉の本質はそこにこそあります。日本の政治家、官僚、マスコミはまんまとそれに騙されています。あるいは騙されていないとすれば、それと知りながら何の抵抗もできず、「長い物には巻かれろ」とばかり提灯持ちを買って出て、70年間に及ぶ伝統ある奴隷根性にすっかり浸りきっているわけです。日本の敗戦は今もなお続いているのです。
ところで、これまで、アメリカ主導に正当な抵抗を示してきたのは、大国・日本ならぬ小国です。マレーシアは、政府系企業が民間グローバル企業に蚕食される危険を指摘していますし、医薬品に関わる知的財産の保護期間問題でアメリカの提案を受け入れてきませんでした。メキシコは、原産地規則にかかわる関税引き下げ問題に関して、アメリカ代表フロマン氏の不手際に反発して交渉を決裂させ、また、砂糖の市場アクセスがこれまでより広がることでNAFTAの協定より不利になるためやはり反発しています。ちなみにフロマンという人は、日本に来た時も傲慢な態度を示していやな印象でしたが、傲慢なばかりでなく外交的に無能でもあるのですね。
考えてみればこれらは当然で、弱小国にとって大国のエゴをそのまま認めれば、自国の産業を保護することはできず、すべて強国の企業に支配され、主権国家とは名ばかりの経済植民地と化すでしょう。
たとえば知的財産(特許など)の保護期間問題で、先進国は長期間を主張しますが、これをやられると、途上国は、貧しいうえに他国の高価な商品(特に命にとって大切な医薬品)を買わされ続けることになります。建前上「自由貿易」を意味しているように見えながら、じつは先進国の「保護貿易」を意味することになるわけです。おそらくかつての大英帝国の植民地支配もこういう欺瞞をふんだんに用いたのでしょうね。
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