TPP交渉で次に米国が狙うのは日本のコメ市場開放か

意味のある市場アクセスとは何か

  当事者の米国コメ業界はTPP協定交渉についてどう考えているのでしょう。USAライス連合(USA Rice Federation)は4月28日のプレスリリースで、日本に対する米国コメ業界の長年の目標は、特定の関税率ではなく、全体的な市場アクセスの向上だと述べています。 [※注6]

  実は政府や交渉担当官の思惑がまったく見えず、ここに書くのがためらわれるのですが、米国のコメに関する要求は米国大使館のサイトにある2002年4月2日に出された「USTR外国貿易障壁報告」によると以下の通りです。少し長いですが、コメに関する記述を全文引用します。 [※注7]

 コメ輸入制度

  日本は今や、米国産コメにとり最大の海外市場であり、年間売上額は1億2000万ドルにのぼる。日本は、ウルグアイ・ラウンドとその後の交渉で結んだ輸入量に関する確約を概ね履行してきたが、輸入米を厳しく規制する日本の流通制度は、日本の消費者が、安定して供給される安価で高品質な米国産のコメを入手するのを阻んでいる。
  日本は、年間68万2000トンにのぼる輸入米の日本市場へのアクセスを保証する関税割当制度を設けた。日本がコメの輸入に関税制度を設けた1999年以降、輸入割当を超えるコメの輸入はない。これは、割り当てを超えるコメの輸入に対し、キロ当り341円の関税、つまり約400%の従価税が課されるからである。関税割当内でのコメの総輸入量のうち、58万2000トンが食糧庁が管理するミニマム・アクセス制度により輸入されている。米国のコメ業界は、食糧庁がこれまで産業用、食糧援助用、そしてブレンド用に中級品質のコメのみを購入し、家庭用の最高品質のコメを購入していないことに失望している。米国の輸出業者はさらに、食糧庁が昨年、高価値の全粒米ではなく砕米をより多く購入し始めたことについても落胆している。
  日本が毎年輸入することに合意したコメのうちの残りの10万トンは複雑な売買同時契約(SBS)制度を通じて日本に入ってくる。この制度もまた、食糧庁によって管理されている。SBS制度は、米国の業者が、少量の米国産の高品質の家庭用コメを日本の流通業者に直接渡すことを可能にしてはいるが、制度が不透明のため、米国の輸出業者がこの制度を通じてコメを販売することはますます困難になっている。日本のコメ輸入制度は、輸入米のコストを著しく上昇させている。その結果、日本における米国産のコメの販売価格は、輸入価格のおよそ3倍にもなり、消費者は、安価で高品質な米国産のコメの恩恵を十分に得ることができない。
  米国は日本に対し、輸入手続を改善し、高品質の家庭用コメの流通を促進するよう求めてきた。米国はまた日本に対し、砕米の買入れ比率の引き下げを引き続き求めていく。日本のコメ市場へのアクセスを拡大し、より意味のあるものにすることは、WTOにおける農業交渉の重要な優先課題である。

  この思いは10年経った今でも変わらず、今年3月31日に改めて出された「USTR外国貿易障壁報告書」 [※注8]でも、相変わらず米国産のコメが日本の食卓に上らず、ほとんどが加工用、飼料用、又は食糧援助用に回されることを問題にしています。特に印象的なのが、

Only a small fraction of this rice reaches Japanese consumers identified as U.S. rice, despite industry research showing Japanese consumers would buy U.S. high quality rice if it were more readily available.
(仮訳)日本の消費者は米国産の高品質米を買うと見込まれるにもかかわらず,米国産のコメとして日本の消費者に届く量はわずかである。

とあり、米国が長年要求している「家庭用高級米」を「米国産」と分かるように流通させてほしいという希望こそが、意味のある市場アクセスを意味すると考えられます。昨年6月にJAグループが訪米してUSAライス連合会(全米コメ連合)と意見交換した際にもこの要望は出ていますので、少なくともJAグループはこれを認識している[※注9]と思います。

 先に、書くのがためらわれると書いたのは、外務省が4月22日に作成した仮要約 [※注10]には、

業界の調査によれば日本の消費者は米国産の高品質米を買うと見込まれるにもかかわらず,米国産のコメが日本の消費者に届く量はわずかである。

と、微妙に本来の意味をずらした表現になっているからです。日本の優秀な官僚がこのようなうっかりミスをするとは考えにくく、誤訳とまではいかないギリギリのラインでわざと重要な部分を落として翻訳していると私は考えているのですが、ここにこうして改めて書くことで、米国の要望を認める議論の材料になりかねないなと思うからです。

 この要求は、米国の要求として聞けばとんでもない話ですが、米国のコメ生産農家の要求として聞くと、分からなくもない、となってしまいます。お米に対する特別の愛情を持つ日本人は、それが外国人でも丹精込めてお米を作っているのだ、という農家に対して共感せざるを得ない部分があるのではないでしょうか。日本でも自給率向上のために飼料用米を生産するインセンティブをと努力されているようですが、生産者としては人間の口に直接入るものを育てたいと考えるものです。その気持ちは理解しますが、同時にこれまで日本の交渉官は、問題も多々ありながらも、文字通り知恵を振り絞って日本のお米を守ってきたんだなあとしみじみ思ったりもします。

→ 次ページ:「EATEN IN JAPANの価値」を読む

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西部邁

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  1. 2014年 5月 28日

  1. 2014-8-6

    経済社会学のすゝめ

     はじめまして。今回から寄稿させていただくことになりました青木泰樹です。宜しくお願い致します。  …

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