空間を思索する場に仕立てた俳優の力 東京デスロック『Peace (at any cost?)』

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photo by bozzo

 俳優たちの語りの強さ維持しつつ、舞台はその後も進行してゆく。空間を区切っていたロープが俳優たちの手によって外されて、彼らは観客の中に入ってくる。そして、東日本大震災に際して韓国やインドネシア、パキスタン・イラクなどからラジオ日本に送られた手紙やメール、「日本へのラブレター」が語られる。その後、夏目が東京オリンピック招致のためにIOC総会で行われた、安倍晋三首相による最終プレゼンテーションを語る。有名になった「福島第1原発の汚染水はアンダーコントロールされている」という言葉は、やはり正力松太郎の言葉で推進された原発政策の帰結であることに思い至る。
 そしてその後、我々観客が唖然とさせられる場面が展開する。夏目によるくだんの語りが続く中で、他の俳優が白いタイルを次々と剥がすのだ。それは観客が座っている場所も対象となる。すると先ほど我々が座っていたマットの下からは、紛争地域やオバマ大統領、子供たちの作文や原発に関する新聞の切り抜きの写真で埋め尽くされた床が出現するのだ。その後、夏目による安倍首相のスピーチをかき消すように、俳優たちは「原発反対、平和を返せ 原発賛成、平和を返せ」「戦争反対、平和を返せ 戦争賛成 平和を返せ」、「辺野古基地建設反対、平和を返せ 辺野古基地建設反対、平和を返せ」と叫ぶように発する。安倍首相による空言、真っ白なマットから露わになった混沌とした世界情勢、そして両論併記の俳優の言葉。これらが一体となって迫ってくる時、我々はますます平和とは何かという問題に投げ込まされる。ここで強烈に提示されるのは、我々の座る床=暮らす世界は実は『アルカナイの人々』になぞらえられるような平和の家などではないということだ。そのことに気付きながらも、真っ白なマットで覆って偽装し、平和だと思い込もうとしているだけなのではないか。一皮剝けば、我々が座る床面こそが危険地帯であるという劇的な転換は、そのような知覚へと我々を放り込む。

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photo by bozzo

 多田の構成と演出はさらなる展開を見せる。その後、俳優たちは元々危険地帯だったエリアの床だけに白いマットを再度張り、観客エリアにあったハトの置物もそこに移動する。最後に再びロープで仕切って、彼らは横一列でそこに立つ。この時、平和と危険地帯は舞台開始時とは真逆になるのだ。そしてただ一人、ハトの置物があった場所に立った間野律子は、八幡千代さんが高校1年生時に書いた作文を朗誦する。流れた5年の歳月を感じると共に、強く生きていこうとする八幡さんの思いが伝わる。朗誦の後、スクリーンには街の上空を飛翔する映像が投影される。移動したハトの置物越しに流れるその映像は、まるでハトが上空を飛んでいるように見える。その映像にさらに加えられるのが、2016年以降の数字がカウントダウンされ、9999まで進む文字映像だ。このカウントダウンは、新しいスタイルを採用した東京デスロックの作品ではおなじみの光景だ。しかし、戦後史の一端を辿るコンセプトが作品に貫かれており、そのことを俳優が説得力を持って我々に伝えていたため、この演出は今作においては効果的に機能した。
 これまで述べたように、今作は俳優の語りに力点を置くことで、観客それぞれに内省を促し、それが創り手との高度な対話の回路につながった。そこがしっかりとしていたために、舞台の構成演出が作品の完成度を高めることになった。観客へ安易にアプローチするのではなく、テキストの代読によって他者の言葉を「今-ここ」に生々しく出来させたことにある。他者の言葉を代読するという虚構の行為を、演劇的に真に迫ったものへと俳優がしつらえること。これは演劇や演技の土台そのものだ。今作が素晴らしい出来だったのは、俳優の存在で魅せる演劇としての水準が担保されていたからだ。だからこそ、舞台空間は何事かを思考する場=アゴラへと変質し得たのである。(2016年3月27日マチネ、富士見市民文化会館キラリ☆ふじみ)

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西部邁

藤原 央登

藤原 央登劇評家

投稿者プロフィール

1983年大阪府生まれ。劇評家。演劇批評誌『シアターアーツ』などに、小劇場演劇の劇評を執筆。共編著『「轟音の残響」から――震災・原発と演劇』(晩成書房)

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