日本のアニメ制作をダメにする「ブラックボックス」問題

ボトルネックと品質管理不全

このようなステップの性質は、制作プロセスに深刻な弊害を生じさせます。制作の「ボトルネック」現象であり「品質管理の機能不全」がそれです。

アニメの制作現場が逼迫する要因には、大別して3つあると言えます。すなわち:

1.脚本執筆が難航し決定稿になるタイミングが大幅にずれ込むことによる制作期間の圧縮

2.演出(監督)の「絵コンテ」執筆作業が停滞することによる制作期間の圧縮

3.作画スタッフ不足による制作スピードの遅延と労働過多

上記のうち1. は主にプロデューサー・チームのスケジュールの管理責任、2. は主に演出と、演出を悩ませるような脚本に青信号を灯したプロデューサーの決定責任が重なり、3. はプロデューサーおよび業界全体の問題に依拠しています。いずれも制作を統括するプロデューサーが管理・統括の責任を追うことに変わりはありませんが、2. に関してはプロデューサーのおよそ管理の行き届かない領域で問題が起こっているとも言えます。

結果として「絵コンテ」作業の後に来るプロセスにしわ寄せが生じた場合、プロデューサーが作品の「品質」を保証できる手段がほぼ確実に失われていることがわかるでしょうか。それもこれも、演出家1人にクリエイティブの大部分を一任してしまうことによって、クリエイティブ面での「ボトルネック」現象をみすみす生み出してしまっていることが原因です。「一任する」と言えば聞こえは良いですが、その実は責任を「放棄している」のと同じことだとも言えるでしょう。

また「脚本を現場へ手渡した後の品質は、担当演出の作家性が良い結果を生むことに期待するしかない」という状況は、人為的なミスを許容できないシステム上の欠陥に他なりません。演出が適任であるか否かの任命責任を別にしても、「演出家の感性」という名の「ブラックボックス」に対してなんら影響力を持てない統括者に、統括者としての資格があると言えるでしょうか?

周辺問題

ところで、スケジュールが逼迫せずとも、既存のアニメ制作プロセスには他にも数点の不利益があることも指摘しておかなければなりません。次回の具体策の詳述に向けて手短に3点、ご紹介しておきましょう。

1. 脚本および脚本家の権威の低迷

脚本が決定稿になった後、担当演出は場合により「絵コンテ」作業の過程でセリフや展開を改変する自由が与えられるケースがあります。そうした折、アニメ用に執筆される脚本の決定稿は実質的に下書き程度の役割しか持たず、完成品への影響力が総じて低い場合があるのです。これは脚本および脚本家の存在を結果的に軽視していることに繋がっています。ひいては脚本に求められる完成度が低く見積もられる弊害をも生じさせていると言えます。漫画などの原作を元にしたアニメ作品には少ない傾向ですが、逆にアニメ・オリジナルの作品では顕著に見られる光景です。

2. 声優または俳優の自由度の低迷

日本産のアニメは「絵コンテ」を完成させ、その後に作画を行うことはこれまで述べきた通りです。そのため、キャラクターの「声」の収録は作画を全て終わらせてから行うのが慣例です。日本では伝統的な手法である一方で、キャラクターの重要な要素である「声」はアニメーションに予め規定され、演者の自由度は常に高くない、あるいは演者は常にキャラクターありきの発声やパフォーマンスを要求されている、と言うことが出来ます。

3. クリエイティブ・チェックポイント数の希少性

脚本と絵コンテでのチェックポイントの後、実際の声の収録時までの間にクリエイティブなコメントを加えるチェックポイントが、実は製作側には与えられていない現実があります。つまり作品が動く映像として目に見える形を成してきた頃にはスケジュールがすでに佳境を迎えており、制作を統括する者、または出資者らは一切の口出しができない状態になっているのです。蓋を開けるまで中身がわからない「出たとこ勝負」なワークフローは、「ブラックボックス」的傾向を後押ししていると言って良いでしょう。

上記のいずれも総論として語るには不足があるかもしれませんが、これまでに述べてきた制作プロセスのあり方に端を発するような問題です。覚えておいて下さい。

→ 次ページ「では、どうしたら改善できるのか?」を読む

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西部邁

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