『君の名は。』は女の子向け『シン・ゴジラ』である。

 思春期の少年少女の恋愛を描くアニメ映画、『君の名は。』が10月30日の時点で興行収入171億円という大ヒットを記録しています。
 監督の新海誠氏はデビュー作であるデジタルアニメ『ほしのこえ』を一人で作り上げたオタク世代のアニメ作家で、今まで一般的には知名度のない人だったのですが、その作品が異例のヒットを飛ばしたことが、話題になったのです。
 本作には基本的にそこまでのテーマ性、作家性はありません。と言っても、むろんそのことは、商業娯楽作である本作の価値を減じるものでは全くありません。老若男女にとって文句なく面白い、それ以上の言葉の必要のない一級のエンターテイメントというのが、本作に対する最も適切な評価であると思われます。
 ただし、とは言え、ちょっとだけ気になったこともあるので、ごく簡単にそこを指摘しておこう、というのが本稿の主旨です。
 大きなネタバレはナシの方向で書いていきますが、リンク先はその限りではありませんので、ご了承いただけると幸いです。

 本作は瀧(主人公の男の子)と三葉(主人公の女の子)の心と身体が定期的に入れ替わる様が描かれるという『とりかへばや物語』に材を取った——いえ、というか、年代的には山中恒の『おれがあいつであいつがおれで』が元ネタでしょうか——ストーリー。
 ところが中盤辺りでどうしたわけか、入れ替わりが発生しなくなります。都会の少年、瀧は田舎に住む三葉に一目会いたいと旅に出るのですが、この辺りの展開で視点が瀧に定まってしまい、ぼくはそこに少々の違和感を感じました。何しろ、物語開始当初はずっと、三葉視点で話が進んでいたのですから。
 むろん、そこから話が進行するにつれ、また視点は三葉側に寄ったりもしたので、そんな違和はすぐに忘れてしまったのですが。
 しかし、鑑賞後、とあるブログで作品評*1を見ていてもう一つの違和に気づきました。
 前半部分での瀧やその友人たちが、男子三人でカフェでお茶を飲む様が描かれ、それがどうにも不自然なのです。彼らはカフェ詣でが趣味のようですが、高校生男子としてそれはどうなんだと。
 上のブログでは、「三人がカフェの内装に興味を持っているからである」との指摘がなされておりました。そう、瀧は物語のエンディングで建築関係の仕事に就こうとしていましたが、その伏線でもあったわけです。むろん、その職種を選ぶようになった一番のきっかけは、作中のカタストロフィであったでしょうが。
 いずれにせよこのカフェの描写は違和感があり、これは非リアであろう新海監督の想像の中でのリア充男子の青春のようにも、更に意地悪な見方をすれば女子の頭の中で描かれたBL的な男子の友情のようにも見えます。もっとも、この時点の瀧の中身は三葉だったので、むしろそれはそれでいいのでしょうが。
 が、ここで気づいたのです。
 先にも書いたように、本作の冒頭では三葉の内面がゆったりと描かれます。本作は本質的には、田舎の閉塞感を嫌悪し、町へ出たいと思っている少女の物語です。心の入れ替わり、隕石といったガジェットを除いて考えれば、これは「田舎の少女が都会に憧れ、少年に連れられて故郷を捨てる物語」となっていたはずなのです。むろん、それら実に秀逸なガジェットが、本作を優れたエンタメとして成立させているわけなのですが。
 ここでぼくが指摘したいのは、本作では女の子の視点と男の子の視点とが交互に立ち現れますが、それは言わば見せかけのものであり、実質的には女の子の視点で成り立っている作品だ、ということです。
 例えばですが、瀧は父と二人暮らしと思しいが、そこは詳述されません。三葉の友人の早耶香や勅使河原たちの生き生きとしたキャラクターと比べて、あれ、瀧の友人ってどんなヤツらだっけ?
 瀧ゆかりの人物で意味を持つのは唯一、瀧の片思いの相手である(即ち、三葉の恋のライバルたる)奥寺先輩だけ。
 女の子を助け、娶ることで(入れ替わりも、口噛み酒を飲むことも、擬似的な婚姻と言えるでしょう)ようやく男の子は、「一人称」を許されたのです。

*1 『君の名は。』深すぎる「15」の盲点(http://cinema.ne.jp/recommend/kiminonaha2016092717/

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西部邁

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