大阪市ヘイトスピーチ条例の危険性
- 2016/4/5
- 社会
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民主主義を支えるものは
この度、機会を得て本サイトで連載することとなりました宮脇睦(みやわき あつし)です。Web分野をテーマに執筆活動をしつつ、「正論」や「WiLL」といったオピニオン誌へも拙稿を寄せております。本サイトではWeb界隈の事件や問題を、現場の視点で切り込む記事をお届けできればと考えております。よろしくお願いします。
言論の自由は民主主義を支えます。主権者である国民に考える材料を提供し、多数派を形成するために費やすのは暴力や脅迫ではなく言論であらねばなりません。本サイト「アスリード」の目指すところでもあるでしょう。ところがこれが脅かされかねない条例が今年の1月に成立し、夏にも施行されます。大阪市による「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(以下、ヘイトスピーチ条例)」です。一般的な条例なら、適用範囲は制定した大阪市内に限られます。しかし、ヘイトスピーチ条例には《本市の区域外で行われた表現活動》とあり、日本国内、すべての言論をターゲットにできる仕組みとなっています。
ヘイトと批判の境界線
生まれ落ちた環境や、肌の色、信仰の違いによる「差別」に基づいた「ヘイトスピーチ」を許すものではありません。しかし、この条例はヘイトスピーチの「定義」が曖昧です。
《人種若しくは民族に係る特定の属性を有する個人又は当該個人により構成される集団(以下「特定人等」という。)を社会から排除すること》や、特定人等の自由の制限、ないし憎悪若しくは差別の意識又は暴力をあおることの、いずれかを目的とし、特定人等を相当程度に侮蔑・誹謗中傷し脅す、不特定多数に向けた表現活動を「ヘイトスピーチ」と定義しています。
はじめにある「人種」とは一般的に、肌の色など見かけ上の区分を指すとしても、次の「民族」をネット辞書の「Weblio辞書」で引くとこうあります。
《「われわれ…人」という帰属意識を共有する集団。従来,共通の出自・言語・宗教・生活様式・居住地などをもつ集団とされることが多かった。民族は政治的・歴史的に形成され,状況によりその範囲や捉え方などが変化する。国民の範囲と一致しないことが多く,複数の民族が共存する国家が多い。 》
ザックリといえば、いかようにも「民族」だと主張できます。また、侮辱や誹謗中傷の判断は「主観」に左右されます。
権限の強すぎる委員
ヘイトスピーチか否かの判断を下すのは、大阪市長が指名した5人の委員による「大阪市ヘイトスピーチ審査会(審査会)」。委員は《学識経験者その他適当と認める者のうちから市会の同意を得て委嘱する》とありますが、「その他適当と認める者」とは誰でもOKということ。市議会の同意を必要と言っても、一般的に地方議会は首長与党が多数派を占め、つまりは市長の胸先三寸です。
委員の権限は強大です。「ヘイトスピーチ」を発したと告発された者には、書面提出による反論の機会が与えられますが、審査会が「必要なし」と判断すれば問答無用。裁判における「控訴」に相当する手続きはなく、氏名や名称が公表され「晒しもの」となります。
一方で強大な権限に釣り合う責任はありません。ヘイトスピーチの認定に重大な瑕疵が発見されても、認定を撤回する規定もなければ、認定を理由とした委員への処罰も解任もありません。一度、委員となれば、2年間の任期はやりたい放題が可能となる制度です。「市長と市長が任命した5人の委員は絶対に間違いを犯さない」とでも言うのでしょうか。
復讐から生まれた条例
また、公表によりヘイトスピーチが拡散すると市長が判断すれば、公表しないという選択もアリです。その上、「公表しない理由の公開」といった規定はありません。被害の拡大を防ぐためとはいえ、作家の百田尚樹氏のように、歯に衣着せず意見を述べ、反論の機会を数多く持つ「都合の悪い相手」には沈黙することができるということです。相手によって態度を変えるならば「法の下の平等」に反します。ちなみに百田氏も、批判とヘイトの区別が難しいと、CSの番組で指摘しています。
ヘイトスピーチ条例の発案者は、橋下徹前大阪市長です。在特会の当時の代表 桜井誠氏を大阪市役所内に招じ入れ、討論の場で「論破(やり込め)」を目論むも失敗し、大阪どころか日本中から失笑を買います。条例はその腹いせに制定したとの噂がWeb上には拡散しています。Webの噂を信じるなら私怨を晴らすための「復讐法」。私刑を禁じる法治国家の発想ではありません。
言論弾圧になるとは
条例に懲役や罰金といった強制力はないとはいえ、晒し者にするだけでも懲罰効果はあります。トラブルを嫌う企業は多いのです。私は2月まで就職情報サイト「マイナビ」で連載をしていました。そこでこの条例に苦言を呈し、ヘイトスピーチを糾弾することに前のめりになる著名人や、事実確認すらしない地域新聞に苦言を呈したところ、「ヘイト丸出し」「差別主義者の逆ギレコラム」と中傷され、7年続いた連載は、釈明の機会すら与えられずに打ち切られました。根拠を示さぬレッテル張りでも、圧力にビビる企業は手を引き、言論を弾圧できるのです。この顛末の詳しくは今月号の「月刊 正論」に『ヘイトスピーチは「第二の慰安婦問題」だ』として寄稿していますのでお買い求めください。すいません、宣伝です。
私の事例は氷山の一角。すでにWeb上では「ヘイトスピーチ」というキーワードが、言論弾圧のツールに利用されています。「全国高校生未来会議」という若者の政治参加を呼びかける団体の参加者のひとりが、右寄りなツイートをしていただけで「排外主義者」「ヘイト」と攻撃され、同団体所属ながらそもそも発言者でない女子高生を名指しして、「高校生未来会議 はつぶしていこ。若い芽は早めに摘み取るが吉。大人なめんな。」とTwitterで恫喝した著名人が確認されています。相容れない意見を恫喝・脅迫、誹謗中傷といった圧力で封殺するのが、「ヘイトスピーチ」の規制を求める勢力の特徴で、条例が彼らの活動を裏書きするなら、言論の自由は確実に脅かされます。
問題を整理すると
大阪市によるヘイトスピーチ条例の問題点を整理すると以下となります。
・ヘイトスピーチの定義が曖昧
・審査会の権限が強すぎる上、内容を検証する仕組みがない
・言論の自由を担保するための制度がない
ヘイトスピーチとは「差別」を下敷きにしています。しかし、そもそも日本に「差別」があるのかという議論が、おざなりにされています。条例の「橋下・在特会口喧嘩起源説」を採用するなら、在日韓国人などの排斥運動への抑止力と位置づけですが、私が暮らす東京都足立区にも在日韓国・朝鮮人は多く、朝鮮系の商店の多さから「コリアンタウン」と呼ぶ地域もあります。朝鮮国籍の同級生もいて、彼らと同じ給食を食べ、同じ授業を受けていましたが、寡聞にして差別の現場に立ち会ったことがありません。
百歩譲って、大阪市内には差別があるとしましょう。そして抑止力としての条例制定が避けられないとします。ならば、「大阪市内」でやってよという話し。大阪市の問題に、足立区民を巻き込まないで欲しいものです。
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