- Home
- 過去の記事一覧
カテゴリー:歴史
-
日本は韓国に謝り続けなければいけないのか?内田樹の出鱈目コラムについて
産経新聞のコラムを読んで、驚愕した。久々に怒りが湧いてきた。全国の読者、とりわけ、若い世代の読者がこうした出鱈目なコラムを読んで、おかしな妄想に取りつかれないために、ここで批判しておく。 日本は謝り続けないといけな… -
秀逸な『永遠の0』論のご紹介
西田幾多郎や日本思想を論じたものということで興味を惹かれ、佐伯啓思さんの『西田幾多郎 無私の思想と日本人』を読んでみました。 本書は西田幾多郎の哲学を基に議論が進んでいくのですが、第五章が「特攻精神と自死につい… -
移民政策を取った欧州の現状 – 日本人より生の報告をご紹介 八重桜の会ブログ記事より
今回は八重桜の会のブログから、2つの報告をご紹介します。 この記事は、実際に既に移民を受け入れた欧州各国の実情を端的に伝えて下さいます。さて日本において移民政策が布かれるとなった場合、かなり参考になると感じました… -
フィリピン人からみた「永遠の0」
映画の見方は人それぞれ 映画、音楽、絵画などのような「アート」の作品が人にうけるかうけないかは、人それぞれの主観にかかっていて、極めて個人的なものです。「私はバッハが好き。ポップスしか聞かないような人は教養がない」の… -
レッテルは過去からやってくる
其の壹 人はどこかに頼りたい。それは恐らく生存本能である。頼るとなると人は過去に頼る。未来だって過去を材料にした類推に拠って導きだされたものに過ぎないだろう。「歴史に」と言えば聞こえは壮大、威厳に満ちて良いが、私の感… -
日本国憲法の諸問題 ー自由についての疑念ー
はじめてASREADに書かせていただく後藤と申します。私は学習塾をやりつつ文筆の修練をしている身です。ASREADの執筆陣はみなさん才気に溢れていて、私といたしましては尻込みしてしまうところもあるのですが、足りない才を根… -
長谷川三千子『神やぶれたまはず』ともう一つの解答
はじめに 長谷川三千子さんの『神やぶれたまはず 昭和二十年八月十五日正午』は、素晴らしい作品だと思います。この本を参考にして、大東亜戦争の敗戦と戦後体制について少し考えてみようと思います。 大東亜戦争の敗戦の瞬… -
「フリードマンは悪いけどハイエクは悪くない」という議論について
はじめに 本論文は、ある雑誌に載せていただくために、リーマンショック後の2009年に書いたものを再編集したものです。そのときは雑誌の廃刊のため日の目を見ることはなかったのですが、今読み返してみても基本的な論理は通用す… -
世界と国家と人生
本記事に追加・修正したものが、『日本式 正道論』の序章として新たに掲載されています。 そちらを見ていただくことをお勧めします。 →『日本式 正道論』序章 世界と国家と人生、そして道 はじめに ASREADをご覧…