失われた20年:1997年以降の巨額の財政出動の行方

借金は誰から借りるかがとっても重要。さて日本は誰から借りているのか

国の借金について別の見方をしてみます、

日本の借金の対GDP比は、諸外国に比較してダントツに高く今後も増大し続ける仕組みになっています。だが、そもそもGDP比が極めて高いことを以って、危険性を煽るのは見当違いだと思うがどうだろうか。

この国の借金を家計に例えると、家計を共にするお父ちゃん(政府)がお母ちゃん(国民)からカネを借りて、期限がきたら金利をつけて返済しているので、この家庭全体で考えれば、資産が増えている・・・個人金融資産は1997年約1300兆円だったが300兆円以上増えて1645兆円(H25年末)となっている。

つまり、借金が国内で消化されているかぎり、その金は国内で金利分を含めて循環する仕組みになっているので、そういう意味では財政破綻はあり得ない

又、日本の借金を対GDP比でみるよりも、借金の財源になっている個人金融資産比で見る方が妥当性がある。2013年末の借金1018兆円に対する個人金融資産1645兆円でみれば62%程度であり、全く心配する必要はない(但し格差拡大の要因になっている)。

蛇足ですが、世間では借金の増大に対してハイパーインフレを懸念する人たちがいる。ハイパーインフレが起きるのは、対外債務の支払い不能(デフォルト)を起こした時、もしくはデフォルトを起こしそうなときである。例えば日本の対外純資産残高はH25年末の時点で、過去最大の325兆円である。当面、対外債務支払いに支障を来たす恐れは全くない。

問題は、今後このままグローバル化が進むと同時に貧富の格差が益々大きくなることだろう。

格差拡大による社会不安、特に財務省が主導していると思われる経済成長抑制策(国民所得、特に若年層の所得を抑えながら、消費税増税圧力)をこのまま長引かせることにより社会が疲弊(荒んだ社会化)して、犯罪が多くなる・・・真面目に働くことがバカバカしくなり、犯罪でカネを稼ぐ方へ走る、その典型はオレオレ詐欺である、いつまでもなくならないどころか悪質化している。

話を元に戻します、

この世の中は資本主義経済ですよね。資本主義経済は基本的にゼロサム構造になっています。わかりやすく言えば、どんなバランス・シート(貸借対照表)でも左側(資産の部)と右側(負債の部)は、必ずイクオール(同額)です。つまり、プラ・マイゼロ構造になっています。

したがって、1997年~2014年の17年間に国が使った巨額のお金(財政出動分:522兆円)と乗数効果分(GDP増分)は、ドブにでも捨ててなくさない限り、貸借対照表で言えば資産の部に、必ず存在するはずですが誰もこれについて追及するものはいない。1997年~2014年の巨額の使途不明金の解明がなされない限り、日本の経済成長は見込めないと思うのだがどうだろうか。

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西部邁

いかりや爆

投稿者プロフィール

昭和10年生まれ、まもなく傘寿を迎える怒れる市井の老人です。現役時代は主として海外事業に携わり、経済の現場で為替に翻弄(固定相場の360円時代→プラザ合意→超円高)されたサラリーマン生活を送った。現在、ブログ「いかりや爆氏の毒独日記」を時折執筆中。

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コメント

  1. サラ金だって、「ご利用は計画的に」というのに、計画経済ではなくてなぜ自由主義市場経済は可能なのか。

    神の見えざる手という有名な言葉があって、経済は市場の自由な運動に任せておけば需要と供給の関係でおのずから最適な位置に落ち着くのだということのようですが、でも供給と需要は全然別のものじゃないか、おコメを百俵作った人がそれを売りに出したがそのコメを必要とする人には金がなくて、コメは売れ残り人は餓死するでは最適な状態とは言えないのではないか、というと、そういうことではなくて、セーの法則、もしくは販路の法則というのがあって、供給それ自体が需要を生み出す、のだそうです。これは経済学上ではあたかも物理学におけるエネルギー保存の法則といえるものなのだそうで、どういうことかというと…

    ある樵が山林地主に一万円をはらって木を切り出し、二万円で材木屋に売った。それを家具職人が三万円で買い、テーブルを作って四万円で売りに出した。各人の収入はそれぞれ一万円で、四人の収入の総計は四万円である。左側には四万円の収入があり、右側には四万円の商品がある。
     もし樵の取り分が五千円であれば三万五千円の総収入に対して三万五千円の商品になり、材木屋が自分の収入を一万五千円にすれば四万五千円の総収入が四万五千円の総商品に対することになる。さらに一人の商人が現れてそのテーブルを買い五万円で売るとしても同じで一方に五万円の総収入があり反対側には五万円の商品がある。全世界の収入の総額と商品の総額は常に等しい。この二つは違うことができない。だから収入のすべてが支出されればすべての商品が売り切れる。
     
    これは非常に優れたシステムで、もし商品が売れ残るとすればそれはその商品が市場にとって不要なものだったからであり、必要な商品である限り必ずそれが売り切れるだけの収入がおのずからもたらされていることになる。
     ただしここで肝腎なのは「収入のすべてが支出される」ということで、(マルクスとケインズが批判したのもここですが)
    このとき、収入の一部が支出されずに貯蓄に回されるとするとその分の商品が売れ残ることになり、その商品が売れればもたらされるはずの収入が実現しないことになる。そこに発生する貧困の量は貯蓄の量と等しい。使われずに残った貯蓄は世界の反対側に自分と等しい量の「実現しなかった収入」・貧困を生み出す。

    一方で、貯蓄するということはもう消費に金は使わない、消費財はいらない、と市場がいっているわけなのだからそれだけ資本財、生産財に資源を振り向ける余裕を手に入れたのだともいえる。
    資本主義の初期においてはブルジョワジーという偉大な種族がいて利潤をすべて投資に次ぐ投資に振り向け資本財、生産財を拡充し世界を豊かにしたというふうに昔習った記憶があるのですが、今の日本はカネ余りとか言って産業育成のための投資に振り向けられずに漫然と溜め込まれたままになっているのだそうで(というよりは投機目的で溜め込まれている)、するとその巨大な貯蓄の分だけ消費が不足し、実現されない収入・巨大な貧困が生まれる。
    自由主義市場経済で完全雇用が実現するのは貯蓄がゼロのときで、貯蓄が存在するときは貯蓄と同じ大きさの投資をしなければ失業と貧困が発生する。

    もはや投資に次ぐ投資で事業を拡大した偉大な種族が滅びてしまった現在、国づくりがあらかた終わってしまったといわれる現在では、この巨大な貯蓄を何とかするには、貯蓄している人に何とかものを買ってもらうとか、軽いインフレ状態にして今使わなければ損をするぞと脅かすとか、貯蓄分は税金で没収するぞといって強制的に支出させるとか、それでも使わなければ本当に没収して国が代わりに使ってやるとか、もしくは安い金利で借り上げて国づくりに使うとか、多く貯蓄する富裕層からあまり貯蓄のできない貧困層に所得を移転するとか、または、使わないで貯めこむだけの人がいるなら、貯めないで使う人がいればいいわけだから誰かが巨大な赤字を出して借金経営の事業をするとか、とはいってもそれだけの赤字に耐えられるのは民間にはいないだろうから国が赤字財政で何かをするとか、またはそもそもカネがしまいこまれてしまっているのだからその不足分のカネを印刷して誰かに配るとか、が必要になる。

    投資しきれないほどの貯蓄が眠っているということはそれだけのお金を持つ資格と能力のない人の手にお金が集まっているということであり、一方にはお金がなくて失業、ホームレス、餓死、自殺が発生しているということは現在の貯蓄のシステムが重大な欠陥を抱えていということだ。失業、ホームレス、餓死、貧困…は自己責任ではない

    • 矢島さん、コメントありがとうございます。貴方のご意見に概ね賛成です。いずれ近いうちに、貴方のご意見・提案に沿った私の見解を本誌(ASREAD)に投稿したいと思っています。

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