あなたの思い込みから言論抑圧は生じる

言論弾圧は、日常の何気ない場面から始まる

 言論抑圧と聞くと、現代社会には合わない、時代遅れの言葉に聞こえるかもしれない。または、独裁的な政治体制下において行われる、情報統制を連想するかもしれない。
 第二次世界大戦前、わが国における小さな思想運動が、たった5年のうちに言論人の活動に制限を加えるまで加熱した。その状況と現代を比較しながら、まさに今、戦前のその雰囲気を想起させる事件が起きていると、警鐘を鳴らしたコラムニストがいる。小田嶋隆氏は、2014年10月3日金曜日の日経ビジネスの記事で、次のようなタイトルで言論抑圧について論じた。
「言論抑圧、主役はあなたです」

 小田嶋氏が主張するのは、『本格的な言論弾圧は、「世論」の後押し無しでは貫徹できない』という事だ。戦前、言論人の活動に制限を加え、自由を奪いにかかったのは、必ずしも政府当局だけではなかったという。さらに、言論を抑圧するような動きは、非常に短い期間、たった5年のうちに進展してしまったのだ。小田嶋氏は、中公新書:将基面貴巳著の『言論抑圧』を引用しながら、戦前の言論抑圧について紹介している。

 小田嶋氏はコラムにおいて、言論抑圧を象徴している。というある脅迫事件を取り上げていた。帝塚山学院大学と北星学園大学で起きた脅迫事件である。
この脅迫事件とは、両大学に勤務する元朝日新聞記者を辞任させようとするものであった。彼は従軍慰安婦問題について、吉田清治の虚偽証言に関する記事を最初に執筆したとされている記者である。犯人は「彼(吉田氏)を辞任させなければ、釘を混ぜたガスボンベを爆発させ、学生を痛めつける」とのことだった。小田嶋氏はこれを、言論弾圧事件でもあり、また当事者の顔がほとんど見えない事から、現代的で卑劣なメディア犯罪であると指摘した。
 なぜ、これが言論弾圧事件となり得るのだろうか。小田嶋氏は次のように述べている。

『戦前戦後を問わず、言論への暴力は、権力や警察が、直接に言論人の自由を拘束する形で発動されるばかりのものではない。むしろ、実数としては「世論」に後押しされたキャンペーンや、「苦情」や「問い合わせ」を偽装したいやがらせが、現場を萎縮させていくケースの方が多いはずだ。』

『言論の現場を動かしているのは、通常の場合、一定数の賢い人間だが、ひとたび何かが起こると、その賢い人間は、圧倒的多数の賢くない人間によって、いともあっさりと疲弊させられてしまう。』

小田嶋氏は、「言論抑圧とは、”現場の萎縮”や”賢い人間の疲弊”を避けるため、表現を自ら制限することである」と主張しているのだ。

 従軍慰安婦問題や虚偽証言については、人それぞれ、意見が分かれるところだろう。何を事実として認めるのか、その事実に対してどのような解釈をし、どのように考えていくのかというのは、その人自身の経験や体験などに基づく価値観などから、生まれてくるものだからである。今回の事件についても、脅迫事件の犯人と同じような価値観を持っていた人もいたかもしれない。しかし同時に、別の価値観や主張をもった人も当然いる。私たちは、そういった価値観の違いを擦り合せていくために議論を行うのだ。小田嶋氏はそうした、議論や意見の擦り合わせを怠ることの危険性を指摘しているのである。

考えの浅い大声の批判が、周囲を、発信者を萎縮させる

小田嶋氏はまた、NHKの連続ドラマ「花子とアン」を例に挙げている。

『つい先日終了した「花子とアン」でも、ドラマの演出上、主人公の村岡花子は、不承不承に戦争協力をしていた体で描写されていたが、政治・歴史学者の中島岳志さんがツイッターで紹介していたところによれば、実際には村岡花子は、自ら積極的に戦意高揚に協力している。』

 このドラマは、歴史の事実を正確に伝えるために放映された訳ではない。もしその正確さに拘って、村岡花子が積極的に戦意高揚に協力する姿勢を放映したなら、多くの苦情が寄せられただろう。なぜなら、戦争に対して積極的な発言をしたり、そのような態度を支持することは、現在のわが国の世論に受け入れられにくいと考えられるからだ。この番組を制作する”賢い人間”は、視聴者の苦情によって疲弊される事を避けようとし、自らその表現を変えたのだ。

 メディアは不特定多数を対象に、情報を発信する。世論の雰囲気を様子見て、その表現方法を選ぶことは無意識的にさえ行われることだろう。これは、言論抑圧の徴候が見られるという例ではなく、メディアの世論に対する敏感さを強調しているのだと思う。世論から反発を食らうような表現は、出来るだけ避けようとするのが、メディアの性だろう。”世論をつくり出すのはメディア”というのは、よく言われる事であるが、世論とメディアは一方的に影響力をもつものではなく、相互に影響し合うものであると言えるのではないだろうか。

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西部邁

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コメント

    • 小菅 拘一
    • 2014年 12月 19日

    JONさんの意見に賛同致します。しかし、巷間取り沙汰されているとは言え朝日新聞の捏造報道の問題点を踏まえないままに脅迫事件のみを取り上げるのは若干バランスが悪いかと思いました。

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